00 出会い

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00 出会い

 鎌倉では狐ではなくて、狸に化かされるのだと聞いたことがあったが、まさしく、その通りのようであった。  一ノ(いちのせ) 美聖(みさと)は困惑していた。  人生で一番というわけではないけれど、間違いなくベストテンに入るくらいには、記憶に残る出来事であった。 (まさか、親しくして下さった方がこんな……)  狸……ではないものの、恰幅は良く、肩幅は広く、顔も大きい。  サングラス越しに、薄ら見える目は垂れていて、愛嬌はあるが……。  どう見たところで、男性だった。 「あら? 話してなかったかしら?」 「……話してはなかったですね」  話したことはなかった。 メールやラインでやりとりをするくらいで……。  こうして実際、この人にお目にかかるのは、初めてだったのだ。  美聖は初めましての挨拶の後、半ば放心状態となっていたが、大男に覗きこまれたことで、やっと我に返った。 「ト、トウコさんって、男の人だったんですか?」 「…………嫌だわ。心は女よ」 「女性です……か?」  やりとりはすべて、女言葉だった。  更に名前が『トウコ』だったので、勝手に女だと思い込んでしまっていた。 しかも、本人が女のつもりだったのなら、超能力者でもない限り、美聖がトウコの正体を見抜けるはずもない。 (……だけどねえ)  結構、プライベートなことも突っ込んで話してしまった相手が、まさかメタルフレームのサングラスを掛けているだけでなく、アロハシャツまで着用している怪しげな男だったとは……。 「まあ、細かいことは良いじゃないの」 「……細かい……こと」  そうだろうか……。  結構、重要な問題だと思うのだが……。 「ほら、疲れちゃったんじゃない? ここまで来るの大変だものねえ」 「それは……まあ……はい」  トウコの優しい声に、美聖も、性別のことなどどうでも良くなりそうだった。  生温かい風に、汗ばんだ髪がふわりと待った。振り返ると、見渡す限りの緑の中だった。  ――北鎌倉の山の中。  住宅街の中に森があって、その中に、この築数百年の古民家がぽつんと存在していた。  駅から歩いて行くうちに怖くなって、何度もスマホの地図を見つめ返したのは、つい先程のことだった。
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