猿谷さん

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 灯りがポツポツとつき始めた向かいの道路沿いを見ながら、工場地区内にある焼却炉の前で、中年の男は黒ずんだ作業着の袖で額を拭った。二月の日没だというのに、作業に気を取られている男は寒さを感じなかった。ガムテープで密閉されたダンボールを、中身も見ずに次々と焼却炉に放り込む。休日とあって、周りに人の気配は無かった。 「オイルでも注がねえと燃えねえな」  投げ入れる男の背後に、ダンボールはまだいくつも積まれていた。ダンボールの所々は黒ずんだ染みが浮き上がっている。その積まれた山に重なるように、見開かれた目、毛むくじゃらの肩を揺らして長い爪を空に伸ばした異形の者が、アスファルトの床に這いつくばっていた。尻からは長い尻尾のようなものが、次第に濃くなる闇を揺らしていた…。  作業を終えた男が倉庫に戻ると、二階の在庫保管室のドアが開いている。先ほどダンボールを運び出したときに閉め忘れたのだろうか。舌打ちをして階段を上り中に入ると、目の前に台座が置かれていた。棚からダンボールを下ろすときに使った台座だ。男は顔をしかめながら腰を曲げた。 「片したはずなんだがな、おかしいな」 そう呟き台座に手を伸ばした男の首に、そろりとロープが巻かれた。 鵺村仁が照明器具を扱う小さな商社に就職できたのは、タイミングが良かったからだと自分自身で思っていた。就職とは言っても派遣社員なのだが。 鵺村は大学卒業して二年ほどたち、就職活動が上手くいかず商品整理や在庫管理調査など色々なアルバイトを経験した末、派遣会社に登録した。そして紹介された会社に就職できたのは、実は他の派遣社員が決まっていたのだが、その派遣社員が「がん細胞が発見されて治療に専念するため」という、明らかに他社が受かったからこちらの会社を蹴っただろう理由で断ったからだった。派遣社員に任せようと思っていた、退職する正社員の仕事が宙に浮き、焦った会社側にこれまた焦った派遣会社が鵺村の履歴書を見て連絡をしてきた。鵺村自身は自分のキャリア不足に不安を抱きつつもその会社の面接を受け、就職先が決まった。
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