子の話

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「……でも、ちちう――いえ、父は、一日稽古を怠けたら三日は遅れてしまう、て」  その人は、破顔して、 「なるほど、なるほど。いかにも言いそうなことですな」  愉快そうに言った。 「父を、ご存じなのですか?」 「いやいや――世の中の父親などというものは、おそらく皆そうしたものですよ。つい、我が子には大きな期待をかけてしまうのでしょう。剣術が、お好きですか」  いつもなら、即座に「はい!」と答える質問なのに、今日はなぜだかすぐには、答えられなかった。 「……父は、とても剣術が強いのですよ。八丁堀で、一番なのです」 「それはそれは」 「わたしも、父のようになりたいのに……全然だめなのです。弱くて、負けてばかりで……父上とは似ても似つかなくて。皆は、わたしのことを、本当は父上の子じゃないだろうって……」  涙がこみ上げてきて、庄太郎は両手をぎゅっと握りしめた。  泣いたらだめだ。  武士の子がめそめそ泣いてはいけないと、父上にいつもいつも言われている。 「……そんなことは、無いでしょう」  ぽんぽんと頭を撫でられる。 「おそらく、庄太郎殿のお父上があんまりご立派なので、皆が焼き餅を焼いているのですよ」  庄太郎は、こくこくと頷いて、袂でぐっと涙を拭った。 「それに……ああ大勢で取り囲まれては、どうにも仕方がない。いかな名人だとて不覚を取りますよ」
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