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◇ ◇ ◇
「恥を知れ、恥を!」
激高して、小森庄左衛門は怒鳴った。
堅い一方で、女遊びひとつしたことの無かった庄左衛門にとって、妻が男と――それも目明かし風情と通じていたなど、まさに青天の霹靂以外の何ものでも無かった。
だが、貴江はそれを認めた。ばかりか、開き直ったのだ。
「町方同心は、三十俵二人扶持の小禄だけど、定廻りともなれば陰扶持は軽くその四、五倍と聞いて嫁いだのに、あなたは要領がお悪くて、よそ様よりもらいが少ない。それだのに、そのお足はみんなお役に注ぎ込んで、家では質素倹約。わたしは、芝居見物にも行けやしない。これじゃ、息が詰まって死んでしまいます」
――気が付いたら、刀を抜いていた。
不義の罪は重い。
ことに武家では、事が露見すれば、妻と間男双方を成敗することに、なんら不都合はない。
とはいえ、なにぶん外聞の悪いことでもあり、実際そうなることは、まずなかった。
ことに貴江は、下手な武家よりも金も力も持っている、大店の娘だ。
叔父の肝いりで娶った妻だから、当然、そちらへの義理もある。
しかし――!
貴江は、恐怖に顔を歪め、声も立てずに倒れた。
そのまま屋敷を飛び出した庄左衛門の頭の中には、隣室で何も知らずにすやすやと眠る、生まれたばかりの庄太郎のことさえ無かったのだ。
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