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片手に盆を持ったまま、素早く目の前のテーブルを片づけてテーブルを拭き、椅子を戻し、空になった瓶とグラスをもう片方の手に器用に持つ。素早くそれらを調理場の傍にある棚に乗せると、奥からにょきりと腕が出て来てそれらを調理場の奥のその奥へと運んで行った。
と、そこへ先ほどの自分を呼んだ男の声が再び聞こえて、アリシアは返事をしながら急いでホールに戻ろうと足早に、慣れた様子で店内のテーブルとテーブルの合間をすり抜けて行く。
その時……
ドンッ!!
「……っっ!!」
ガシャガシャン!!
「!! ……おっと……っ!」
いつものように素早くテーブルとテーブルの間をすり抜けていくアリシアの前に、テーブルに座っていた客が立ち上がって向きを変えた為、運悪くぶつかってしまったようだ。
その瞬間、アリシアの顔から一気に血の気がひいた。
「っ! ……?! って、私……っ! 申し訳ありません!! お怪我は?!」
客商売の性とは不思議なものである。
アリシアがこの宿屋兼酒場である、その名も『銀色に輝く双龍の泪亭』の店先に立ち始めて三年……『お客様は神様』がここの女将のモットーであり信条だ。そのお客様とぶつかった上、怪我をさせたとあれば大失態だ。女将に叩き込まれた客商売の精神はすっかり刷り込まれ、アリシアが意識をするより先に、ぶつかってしまったその客にしっかりと声を掛けさせていたのだった。
「客への気配りを忘れずに、とは見上げた心掛けだね」
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