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「助かっちゃった! 二人乗りなんて久しぶり! どこで財布落としたのかな? 坂を昇った時かな。あそこって傾斜がきつくてさぁ、隆くん、苦しそうに漕いでたんだよね」
どうでもいい事をグタグタと説明していたかと思うと、急に目線を上げた。
「あっ、隆くん」
奴が来た。マヤは、さっき、裸を見てしまっているので非情に気まずい。マヤは落ち着かない気持ちになったのだが、隆は、恥ずかしいという態度など微塵も見せることなくニコヤカに笑って会釈している。意外に神経が図太い奴なのかもしれない。図太くなれば、こんなふうに独身の女の家に泊まったりしないだろう。
なるみは、どこか誇らしげにマヤのことを紹介している。
「あたしのお姉ちゃんのマヤだよ! 美人でしょう?」
「本当だ。モデルさんみたいだね」
サラリと呟いているが、マヤはケッと鼻白む。
(どうせ、派手な顔のデカイ女だなぁって思ってるくせに!)
とりあえず、黙って妹の様子を眺めることにする。西向きの窓からは夕日が差し込み、庭木に止まったセミが忙しく鳴いている。クーラーを二十五度に設定しているけれど、風呂上りの彼には物足りないようだ。
マヤの父親のTシャツを着ている。ちなみに、それは、昔、父が買ったきり、一度も着ていない革命家のチェ・ゲバラの顔入りの紺色のTシャツだ。典型的な土産物のシャツを彼は上手く着こなしている。カーキ色のハーフパンツは彼のものに違いない。足元は裸足。彼は、黒い革張りのソファにもたれたまま言った。
「この麦茶、うめぇ! やっぱり、夏は麦茶だよな!」
夏場の高校球児のように美味そうに麦茶を一気に飲み干している。喉仏ガゴクンゴクンと躍動する横顔は少しばかり艶かしい。
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