グリーン・アイ《前編》

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「揶揄うのは胸の内だけにしておいてくれませんか」  せめて友禅展が終わるまでは。  無垢なままでいてくれて嬉しいだなんて、他人事だからそんなことが言えるのであって、ちっとも喜ばしいことなんかではない。  二十代のころは焦りもあった。三十を超えてから諦めが先行するようにもなったが、それでも枯れてしまうにはまだ早いだろうと土俵際で競ってもいる。  そういった機会なら幾らかあったかと思う、今までも。それこそかつて通っていたBARなどで。  けれど、その都度どうしても一歩踏み出すことができなくて、そうこうしているうちにあれよあれよと言う間に時が過ぎてしまった。  初めての相手は、ハッテン場などの行きずりの相手ではなく、心から好きだと思える相手と肌を重ねたいと望むことは贅沢なことなのだろうか。  それこそ『生命のダンス』を観て現実を知れとでも言われているようだった。  童貞なんてつまらないものはさっさと捨ててしまえ。  そうでないから――ああ、分ってる。どうせ寂しい人生だよ、と心の中で悪態をついて自ら眉を寄せた。  悔しいが、兼子の言っていることは正しい。  白い服のまま死を迎えてしまったら、それはきっととても味気なく寂しい人生だろうと。     
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