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そこへ、店長が一足遅く事務室から戻って来た。店内を見渡し、時花の間抜け面を認めると軽く手を振った。
「ようやく事務が片付きました。僕が店頭に立つ間、風師さんは休憩に入って良いですよ……って、おや? オメガのコーナーにかじり付いて、いかがなさいましたか?」
「あ、いえ、ちょっとおかしな訪問がありまして……」
「おかしな訪問?」
店長の笑顔が凍り付いた。
目が笑っていない。先日の窃盗未遂のようなトラブルを警戒しているのだ。
こんな笑顔も存在するのか。この人は笑顔だけで複数の感情を表現できるらしい。
「えっとですね店長、そのお客様は一九六九年製のスピードマスターを探してたんですけど、値段が高すぎると嘆いて帰ってしまわれたんです」
「ほほう、二六四万円の品ですね」腕組みする店長。「ですが、この値段を高いと評するのは、まだまだ甘いですね。当店で取り扱った一番高い時計は五千万円でしたよ」
「ご、ごせんまん!」目玉が飛び出しそうになる時花。「クルマどころか住宅が買えちゃうじゃないですかっ!」
「世界には、一億越えの時計も存在します」
「すごい賞金首の手配書みたいな数字じゃないですかっ!」
時花には想像も付かない領域だった。
身の丈に合わない時計を欲しがる心理、その動機は何なのか。
あの学生の目的を、時花は図りあぐねていた――。
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