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検視を終え、結城たちは警察署に戻った。これから、検視の報告書を作成していくことになる。
「……結城部長、質問してもいいですか?」
柏倉は、現場で撮った写真を印刷しながら、そう切り出した。
「何だ」
「今回の検視、心筋梗塞で苦しまなかったって言ってたじゃないですか。それがわかる所見はどこですか?チアノーゼとか見るところ、あります?」
結城は、一つ溜め息を吐いた。
「……嘘だよ、それは」
その言葉に、柏倉は目を丸くする。結城は嘘をつくような人間ではないというのは、相棒である柏倉が一番よく知っているからだ。
「え?嘘……?」
「心筋梗塞で、急死の所見はある。それは本当だ。でも、苦しまなかったかどうかはわからない。心筋梗塞の前に胸が痛くなったり、気分が悪くなって吐いたりする人もいるくらいだから、多少は苦しかったかもしれない」
やはり結城は淡々とそう言った。
「じゃあ、何で……」
なぜ、嘘をついたのか。
我々は、真実を突き止めるために検視をしたんじゃないのか。
柏倉は、そう思った。
犯罪の有無を精査し、死因を突き止める検視という重要な仕事に、嘘があってはならなのではないだろうか。
ましてや、普段から嘘をついたりしない結城を尊敬していただけに、驚いた。
「その真実を言ったところで何になる。
俺たちは、きちんと事実に基づいて、今回の検視は事件性のない心筋梗塞による病死だと判断した。それはきちんと伝えた」
「それはわかりますけど……やっぱり警察は嘘なんか……」
柏倉は、奥歯に物が詰まったような、反論したくてもできないというような物言いをした。
「俺たちは、死者の家族に最後まで寄り添えない。1日に何件も検視をすることもある。年間かなりの件数をやる。一人一人に寄り添うことなんて、できないんだよ」
口調はそのままだったが、冷たい印象はなかった。
むしろ、自分たちの無力さを嘆く言葉に聞こえた。
「俺が真実を伝えたら、あの女性はどうなる?
自分のせいで夫が苦しんで死んだと悔やむだろう。これから先、死ぬまでずっとだ。
そんな彼女のこれからの人生に責任を持てるか?持てないんだよ、俺たちは」
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