君は時々嘘をつく

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「……私が、悪いのよね」 「……何でですか?」  女性が涙を溢しながら呟いた一言は、自分を責めるものだった。 「……だって、寝室を別にしようって言ったのは、私だもの。お父さんイビキがうるさいからって、何年か前に。 ……私が、隣にいたら、気付けたかもしれないじゃないですか。お父さんが苦しがってるの、気が付いて、救急車呼べたかもしれないじゃないですか。 助かったかもしれないじゃないですか……!!」  女性は、初めて声を荒げた。そして、何度も“ごめんなさい”と繰り返した。  涙をぼろぼろと溢し、ベッドに横たわる動かぬ夫を見つめている。 「……ご主人、苦しまなかったと思います」  結城は淡々とした口調のまま、そう言った。  女性が結城の方に泣き腫らした目を向ける。 「心筋梗塞は、急死です。苦しむ間もなく亡くなったと思います。そういう所見があります」 「……苦しまずに……?」 「はい。こんなことを言っては不謹慎だと言われてしまいそうですが、ご主人は幸せだったろうと思います」  女性は、結城の言葉の意味がわからないと言わんばかりに首を傾げた。 「……さきいかを今日も食べるつもりだったんでしょう?今日も当たり前のように生きるつもりで、楽しみにしていた。 それでベッドに入って眠りについて、そのまま気付かぬうちに亡くなった。 苦しまなかったんですよ。明日の楽しみを胸に抱いたまま、眠っただけで」  結城の口調は、変わらなかった。けれどそこには、懸命さがあった。  結城が懸命に何かを伝えようとしていることは、誰でもわかった。 「奥さんは、何も悪くありません。 ご主人は、苦しむことなく幸せなまま亡くなったのだから」  結城がそうきっぱりと言いきると、女性は“そうね”と一言口にして、すぐさま夫の亡骸に覆い被さった。 「……お父さん、お父さんっ!!」  嗚咽の声が漏れた。  あまりに急過ぎる別れで、今まで現実として受け入れることが難しかった、妻。  今このとき、やっと夫の死を受け入れることができたのかもしれない。  結城たちは、しばらく無表情にその様子を見つめていた。静かに、女性の涙が止まるまで。
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