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「俺たちは、何もしてやれない」
結城は、そうきっぱり言い切った。
その表情は、いつもとあまり変わらないように見えたが、いつも行動を供にする柏倉にはわかった。やはり結城は、自身の仕事に無力さややるせなさを感じているのだと。
「……それなら、あのくらいの嘘をついてもいいだろう?
それであの女性が、前を向いて生きていけるのなら」
結城にそこまで言われて、柏倉は少し目を伏せて静かに頷いた。
刑事は、いつも真実を突き詰める仕事をしている。そこにあるのは、良いものとは限らない。それでも、刑事はやらなくてはいけない。
淡々と、真実を暴き、解決に導く。それは刑事として正しいことだ。
けれど、余計な真実を突き付けることで、何も悪くない人を傷つけるくらいなら、優しい嘘があってもいい。そうすることで、少なからずその人は救われるのだ。
そういう結城の考え方は、きっと正しい。
真実だけを追い求めようとした柏倉は、自分の独りよがりな浅はかさを思い知った。
「……優しいですね、結城部長は」
「優しくなんかない。俺は遺族を傷つけるのが嫌で、怖いだけだ」
それを優しさと言うのではないか、と柏倉は思った。結城は決して認めないだろうが。
「……ただ、嘘は嘘だ。部下であるおまえに嘘をつくように強制はできない。どうしても真実を伝えるのが正しいと思うなら、今後おまえはそうすればいい」
絶対に強要はしない、こういう言い方が結城らしい。柏倉は、思わず苦笑いしてしまった。
いつもそうなのだ。
この結城という男は、無表情で口数が少なく、ぶっきらぼうでいて、とても優しい。
「……だけど悪いが、俺はこれからも今日みたいに時々嘘をつく」
パソコンに目を向けたまま、結城はそう言った。
柏倉は、敵わないとばかりに笑った。
「……俺は、結城部長の優しいやり方、いいと思います」
柏倉は作業の手を止めず、そう言った。
結城は返事をしなかった。
けれど、パソコンに向かう結城の口の端は、少しだけ上がっていた。
ーーー終ーーー
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