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おまけその② もしも◯◯が生還していたら
「ああ、僕の娘は可愛いなぁ、何をしても天才だなぁ!」
「もう、父さんったら何言ってるの。リンゴを切っただけじゃない」
「だけ、だって? そんな事ないよ! ご覧よ、この迷いの無い断面、完璧な均一感! ホリーはやっぱり僕に似て、剣士の素質があるんだよ! 僕にそっくりだね、嬉しいなぁ」
「もう、良い加減になさいな、あなた。ホリーが困っているわよ?」
リリーがホリーの肩を包むと、カミーユは笑顔で二人を抱きしめた。
「僕の宝物! 愛してるよ、リリー……君は輝きを増すばかりで、僕を虜にする……何て罪な人なんだ」
「ハイハイ。あまり続けると、ホリーが爆発しちゃうわ。そろそろ抑えて、あなた」
「ぷきゅう……」
「わあ、大変だ! 僕の天使、大丈夫かい? もう心配だなぁ。男の口説き文句くらい、リリーみたいにサラ〜っと流さないと! そういうクールな所がクセになっちゃうんだよね、流石は僕のリリー!」
良い加減になさいな、とリリーがカミーユをポカリとやった所で、ようやくホリーは真っ赤な顔の火照りを抑えた。
(男のひとって、皆あんな風なのかしら……)
父は毎日、母が日々美しくなる、昨日より今日の方が美しい、今日より明日の方が美しい、でも今この瞬間こそ最も美しいと口説き倒している。
男の人というのはそういうものなのかと思っていたが、この前紹介された、父の友人で憧れの警備隊隊長であるロルフの息子は真逆だった。
憧れの隊長とお話し出来ると、ホリーは有頂天でロルフしか目に入っておらず、息子さん……確かクラウスと名乗っていた……とはほとんど話をしていなかった。
でも、言葉は少なくとも優しい人である事はわかる。慌てて家を飛び出して来たものだからストールを忘れてちょっと寒いな、と思っていたら、マフラーを貸してくれたのだ。
大切に使い込まれたそれは、きっと亡くなったお母様の愛が込められた品なのだろう。今度会った時に何かお礼をしたいのだが、ホリーは男の人にプレゼントなど、父にしかした事がない。
そしてリンゴの件で分かるように、父はホリーがあげる物は何でも喜ぶので、参考にならないのだ。
「ねえ、お母さん。お母さんがお父さんにプレゼントして、一番喜んだ物ってなに?」
「そうねぇ……」
「もちろん、ホリーだよ! 僕の女神が宿した天使! 僕は最高に幸せだよ!」
「……お父さん、ちょっと黙ってて」
「……ほ、ホリーが……反抗期……た、大変だよ、リリーぃ!」
「あなた、ちょっと黙ってて? 後で二人きりで望むだけキスしてあげるから」
「はい!」
途端に父は大人しくなって、テーブルに用意されたお茶を飲みながらキリリと姿勢を正した。
「なぁに、珍しい質問ね。ロルフ様には喜んで頂けたのでしょう?」
「うん。とってもカボチャがお好きなのね。六個あったマフィン、四つ召し上がったわ。凄く喜んで下さって……」
それはもう気持ちの良い食べっぷりで、「また作ってくれないかな?」とちょっと照れくさそうな所が又素敵で……。
一緒に居た相棒狼のオール様も凛々しくて本当に夢のような時間だった。
「それで、クラウス様がマフラーを貸して下さったのだけど」
「ふんふん、それで?」
何故か母はグイグイと身を乗り出した。
「お礼に何か差し上げたいのだけど、ロルフ様とばかり話していたから、なにが好きかとか分からな……」
「お母さんに任せなさい。直ぐに調べてあげるわ!」
「?」
途轍もなく食い気味に答えた母は、父に何か耳打ちした。
「僕にお任せ! 行ってくるよ!」
母に素早くキスすると、父は弾けた豆のような勢いで走って行った。
「お父さんに調べて貰うの?」
「いいえ。あの人がいると……色々アレだから、ね?」
「うん?」
「こんな事もあろうかと、私が完璧に下調べしておいたわ」
ドサリと渡された分厚い資料は、全てクラウスの好物や好きな色や、趣味に休日の過ごし方まで……。
「あの、こんな事もあろうかとって何? どんな事?」
「ウフフ……。それは、私からは言えないわ」
「??」
「頑張るのよ、ホリー! そうだ、何か料理を差し入れするのが良いわ、お母様がいらっしゃらなくて大変みたいだから! 差し入れの時にはこのお洋服を着なさい。それから、こっちのネックレスと、イヤリングと……。まあ、可愛い! さすが私の娘!」
「???」
何が何だか分からない内にヒラヒラのワンピースを着せられて、可愛い一粒真珠のネックレスにお揃いのイヤリングを付けられて、パチパチ拍手をされるものだからホリーは照れ笑いを浮かべるしかない。
「ええと……。ジャガイモがお好きみたいだから、パンケーキにして持って行ってみようかしら」
「良いわね! きっと喜んで下さるわよ。さあ、急いで支度しましょ!」
「????」
よく分からない内に、ホリーは母の勢いにつられてジャガイモのパンケーキを焼き上げ、首を捻りながら差し入れを持って出かけた。
ホリーが出かけた後、物凄い勢いで帰って来たカミーユは、
「ただいまぁ、リリー! ホリー!」
「おかえりなさい、あなた。流石に早かったわね」
「勿論だよ! スピード自慢の風の騎士だからね! 今は君だけの騎士だけど」
「ハイハイ。それで、見つかったかしら?」
リリーがカミーユに頼んだのは、町の一番端っこにある雑貨店でしか買えないお菓子。普通なら行って帰るだけで半日かかるのだが、カミーユは四時ほどで戻ってきた。
「買い占めて来たよ! お菓子なら君が作るのが一番美味しいのに」
「フフ、たまには違う味も楽しいでしょう?」
「そうかい? あれ、ホリーは……」
娘を探すカミーユに、すかさずリリーは抱きついた。
「約束を果たすわね。あなたが望むだけキスしてあげる」
「リリー……キスだけじゃ、物足りないな」
「まあ、何が足りないのかしら」
二人が寝室に消えて愛を確かめ合っている頃、ホリーはロルフの自宅を訪ねていた。
出迎えてくれたロルフは、突然の来訪をとがめも怒りもせず、むしろ「おかえり」と迎える勢いで家に上げてくれ、訓練所が休みで家に居たクラウスを呼んでくれた。
「クラウス! この前のお嬢さんがわざわざ来てくれたぞ!」
「え?」
家の中からガタガタ何か崩れる音をさせつつ、クラウスが慌てた様子で玄関まで走って来た。
「あ、こ、こんにちは……」
「え? え、ええ、こんにちは……」
つられて赤くなってしまうくらい、クラウスが真っ赤になるものだから、どうすれば良いか分からない。
「まあ立ち話もなんだ! 上がりなさい、座りなさい、何なら泊まっていきなさい! リリーに連絡しておこう!」
「あ、いえ、あの……」
「父上、年頃の女性になにを仰っておられるのですか! 落ち着いて下さい!」
「なんだ〜。つまらんなぁ、お前は。父さんは、お前の為にだなぁ」
「父上!」
何だか必死でクラウスはロルフを黙らせようとしている。
「ええと……少しだけ、お邪魔しても?」
「遠慮する事は無い、さあ上がりなさい。クラウス、ホリーさんにお茶を淹れて差し上げなさい」
「そんな、あの、わ、私が淹れます!」
「いや! 君は客なのだから、座っていてくれ」
テキパキとクラウスは手際よくホリーを客間に案内すると、美味しそうな紅茶を淹れてくれた。
(まあ、良い香り……)
丁寧に淹れて貰った紅茶は、それはそれは素晴らしい香りが立ち、美しい色合いだった。
紅茶を上手に淹れるのは難しい。クラウスはとても几帳面で細やかな人なのだろう。
「頂きます」
クラウスは無言で頷く。ホリーは不思議と、クラウスとともにいると心が穏やかになるのを感じた。
(なんでこんなに安心するのかしら……)
一緒にいる事が当たり前のような、優しい空間に包まれて、ホリーがクラウスへの想いに気付くのはそう遠くない未来のようだ。
①カミーユが生きていた場合、ロルフ様が事故にあう程の難事には加勢する→ロルフ様無事、未だ現役。
②ロルフ様とリリーは相変わらず参謀的。己の子の幸せを願い、「ウチの子は全然異性に興味を示さない」「ウチの子は同年代よりおじさんに熱を上げてます、そう、貴方の責任ですよ!」などとやりあって、ホリーとクラウスを会わせる事に。
まんまとクラウスはホリーに一目惚れ。ロルフ様に夢中だったホリーは気付かなかったが、勿論ロルフ様は気付いて「これはイケる!」と確信。可愛い娘が出来ると先走ってはしゃいでいます。
③つまりランベルトの出番は無い。リリーへの未練を断ち切れずにたまに町で二人がイチャイチャしてるのを見かける度にギリギリしている……といった感じです。
あんまりにもリリーに執心していたものだからモテなくなり、実家からも勘当されてしまい、流石に人生を考え直したランベルトは何とか商いを始める事に。ダメンズなりに頑張りました。
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