黒鬼と派遣社員

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 英太は己の資質を見事に発現させた。  それを踏まえた上で、あえて更なる難所に立ち入る事にした一行。  山を覆う深い森の中。  その一部、或る一帯だけ……全く木々の生えていない場所が在る。  そこを目的地とし、駐車場から歩いて森の小道を進んで行く。  すぐ脇には(せい)の高い草が生い茂っているのに対し、小道の部分だけは草があまり生えていなかった。  恐らくは現場参りに来る人達が通りやすいように、迷わないようにと、有志が刈り取り道として形を造ったのだろう。  しかし……歩けば分かる者には分かる。  そんな小道を頻繁に使っているのは、たまに献花を持って拝みに来る霊感に乏しい人間などではなく…………うろうろと所在なげに彷徨う浮遊霊や、助けを求めて下山しようとする事故被害者達の残留思念。  この道を辿って下りていけば助けを呼べる……そう期待して途中まで早足で進むも、ある一定の位置で何故か元の歩き始めた場所まで戻っている。  そして何も覚えていないまま再び助けを呼びに下りていく……その無限のスパイラルを幾十年も只管(ひたすら)繰り返している。  松岡や英太はそんな不憫な気配達と擦れ違う度に、苦しい……居たたまれない気持ちに襲われるのであった。 「「……………………」」  特に霊達に気を使っているつもりも無いが、知らず知らずの内に言葉を発する事を忘れて神妙な空気に覆われる。  この場に人間はたった二人……その二人の手足に自然と力が入る。  英太はともかく松岡でさえも、だ。  どんなに松岡がエキスパートであったとしても、どんなに相手が目に見えない存在であったとしても……そこに在るのは人としての悲しみや苦しみ。  それに慣れる事など出来ないし、逆に慣れてはいけないものだと松岡は思っていた。 「…………んん?」  暫し続いていた沈黙を……鼻をひくひくとさせながら破ったのは、黒鬼だった。
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