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精霊
水都は生物学者をめざす学生だ。
出身は小さな離島。
えらく不便な島だったが、子どものころは楽園に思えた。
南の島特有の明るく澄んだ海にかこまれ、とにかく自然は美しかった。
だが、生物学に興味を持ったのは違う理由からだ。
水都の実家の近くに、変わり者の学者が住んでいた。ひところは世間でも名の知れた、その道のオーソリティだったらしいのに、いつのころからか鳥も通わぬ離島に隠棲していた。
なんでも、若いころに、事故で奥さんと息子をいっぺんに亡くしてしまったらしい。きっと、そのせいだ。
水都は探検が好きな子どもだったから、島中、あちこち遊びまわっていた。変わり者の学者にも何度か会って話をした。
「ねえ、おじさんは、えらい先生なんでしょ? 新種の生き物を見つけに、この島に来たんでしょ?」
「そうだよ」
「新種は見つかったの?」
なにげなくたずねて、水都はドキッとした。
学者が泣きそうな目をしたからだ。大人のそんな悲しげな顔を見るのは初めてだった。
「見つけたよ。海神クラゲをね」
「どこに? どこにいるの?」
「もういなくなったんだ」
「そうなの?」
「海神クラゲはね。擬態するんだよ」
「擬態って、何?」
「ウソの姿になるんだ。とても優しいウソだ」
「ウソ……」
子どもの水都には、よくわからなかった。
学者はつぶやきながら去っていった。
「ウソつきなのは私のほうだ。それでも、そばにいてほしかった。ウソをついてでも守りたかった」
うしろ姿が、とても悲しげだった。
そのとき、なぜか、水都は思いだした。
もっと小さいときに、一度だけ見た、不思議な生き物を。
少年のような姿をしていたけれど、人でないことは、ひとめでわかった。けれど、あの“少年”はとても優しい目をしていた。
海神クラゲ——
きっと、海からつかわされた精霊なのだろう。
了
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