第1章

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 最初のころは一日に十ページも十五ページもやった。この調子だと、六年生は今月中に終わって、中学の勉強に入ってしまうかも知れない、と心配するくらい。来年にはもう大学生のドリルをやってるかも。  そんな心配は無用だった。  だんだんペースは落ちていった。一人で問題を解いて、一人でマルつけするのに、あきてきちゃった。ここんとこ、だいぶサボリぎみだ。  ドリルをやらないと、やることがない。時計って、気にしだすとちっとも動かなくなる。  あたしはエンピツを鼻の下にはさんで、天井を向く。  イスを後ろにぎこぎこ倒し、両足を浮かせた。  イスの足後ろ二本だけで立って、ぴたっと止まれるかな?  真剣にトライ。  テーブルから指がはなれる。  ぴたりと体のバランスが整い、きれいにイスは二本足で立った。  「おお!」  次のしゅんかん、  どさっ。  後ろ向けに倒れた。  あたしはイスから投げ出され、床に大の字になってねていた。スカートじゃなくてよかった。  エンピツがころころ転がっていく。  そのままねていた。  このままねていても、起きてばりばり勉強したって、どっちでもおんなじのような気がする。地球には、やさしくもきびしくもない。やがて、冬が来て、春が来るだろう。  だだっ広い天井を見つめた。まっしろでのっぺりして、高いのか低いのか、見れば見るほどわからなくなる。  窓から入る杉の木の葉っぱのかげが、さわさわゆれる。  ちゅん、ちゅん、遠くにスズメの声。  すっごく、静か。  まぶたが重く……。  「そこで、ねないでください」  あたしはねころんだまま、目の玉を上に向けた。  蛇男がさかさに立っていた。  おっと、さかさなのは、あたしのほうか。  起き上がって、倒れたイスをもどす。  蛇男にもいいかげん慣れた。  最初はすごいインパクトだったけど、見た目のほかはまるでふつうなんだもん。いっつもつまんなそうな顔で本棚の間を行き来して、本をもどしたり探したり抜いたりしてる。  あたしには、ちっとも興味がないらしい。  声をかけてくるのは、こういうときだけだ。  蛇男は水色の箱をわきに抱えていた。あたしが席におさまると、またつまらなさそうな顔で、カウンターへ行った。  首の後ろもやっぱり半分緑。  気分を引きしめて算数のドリルを開こうとしたら、テーブルの上になにかあるのに気がついた。  赤い……紙。
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