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「貴方との婚約は破棄させていただきます」
ドゥーマ国王都ヴィブリオのとある屋敷の応接室にて、女性が男性に向かって言い放つ
女性の名は、マティスノーラ=ビュネモス=グラキエス
ドゥーマ国辺境伯爵の三女
ハニーブロンドの髪に緑色の目、色白の肌で均整のとれた体つき
男性の名は、シリン=ビュール=アリストクラテス
同じく、ドゥーマ国伯爵の次男だ
亜麻色の髪で緑の目、優男の風貌の上、体は細い
そして、男女が居る屋敷はグラキエス私邸で、こじんまりとした造りだ
マティスノーラから言い渡された言葉に、シリンは暫し茫然となった
「ここに、国王陛下のサインと私の父のサイン…貴方のお父上のサインがございます…あとは、貴方が御名を書かれたら、私達の婚約は解消されます」
スッと出された用紙に目を通すシリンの、その横から私邸執事の男性がペンを置いた
上質の紙に書かれた4人の名前に、わなわなと手が震える
「……理由…が……ここには書いてないが…」
「理由?…貴方が、一番存じ上げておられるでしょう…『大層なお花を手折られた』とか…どれ程の花を手折られたのか解りませんが、その中に『温室のアザミ』が入ってません?………あぁ、今は『野バラ』が貴方の傍に咲いてるのでしたね?」
例えを花に変えて言うマティスノーラに、シリンの顔が青ざめる
─バレた─
彼の頭に浮かんだ言葉は『それ』一点のみだった
確かに、いろんな『女にちょっかいはかけた』
然し、その中に『大層な花と温室のアザミ』は秘密にしていた筈
『本当に手折ろうものなら』貴族籍剥奪に強制労働か国外追放だ
グラキエス家は、伯爵と言っても上位の貴族と同列だ
辺境の領地を護る故に、王家は古来から存在するグラキエス家に爵位と権限を与えたと聞く
同じ伯爵でも、こちらは下位でおまけに次男だ
分が悪い
マティスノーラは、1年の大半を辺境で過ごすと聞いていた
『だから』判らないと思っていた
「さあ…お書き下さい…………それとも、昨日のパーティーで話した方が良かったのかしら?」
それこそ、こちら側の恥になる
あそこには各貴族の令嬢令息が集まり、然も王子王女までが居た
昨日のパーティー…それは、2人が卒業した学園主催のパーティーだった
あんな大勢の中で、婚約破棄の話をされては…と、シリンは横に置いてあるペンを取り、震える手を抑えながら空欄に名前を書いていった
「ありがとうございます……落ち着かれたら、玄関までお見送りいたしますわ」
彼の名前を確かめると、クルリと巻いてリボンで括り、執事に渡した
玄関の前に停めてある馬車に乗る際、マティスノーラがシリンへ呟いた
─賭けは勝ったのか?─と
血の気が引くような顔色をして、彼は慌てて馬車に乗り込んだ
手を振り、ごきげんようと言ったマティスノーラの言葉が聞こえていたかどうか定かではないが、走り去る馬車は門を潜っていっていった
「屋敷に戻ったら、雷が落ちるでしょうね…(ざまあみやがれってんだ)」
心の言葉が荒くなっているが、彼女は歴とした貴族娘
少々変わった経歴を持っている女性だ
そこへ白い犬が近付き、マティスノーラの手を舐めた
「レフ…ご苦労様……貴方が集めた証拠で、陛下とお父様と伯爵のサインが貰えたわ」
顔付近の体毛を撫で回していると、彼女の頭に男の声が響く
«…なに、お前が授業で動けない分、我が動けば良いだけだ»
春の終りを告げる太陽が白い犬の体毛を照らし、そよぐ風が毛を揺らして銀色に弾いた
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