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「ふふししし♪まあの、それもあるかのう。他にもあるがの♪」
「他にも、あるのか?」
兵庫介は困惑する。
てっきり自分たちに味方しないと踏んだ奴らを潰しにかかる、昨今厄介な深志家を欺く為に、いんや、昨今巷間を騒がす飯井槻に深志の次男を充てがおうとする話もあるから、わざと神鹿山の侍の姿をした山猿どもに豪華な馳走を振る舞い馬鹿騒ぎさせ、深志に含むところがないと内外に見せ付けるのに仕組んだ宴だとばかり思っていたからだ。
「もしやとは思うが飯井槻さまよ。よもや、よもや儂を皮袋めに気に入らせるおつもりで、彼の宴を仕組んだのではあるまいな?」
言った途端。飯井槻さまは足の裏をかくのをやめ、兵庫介の眼を覗き込むような仕草をとった。
正解か?咄嗟に云った思い付きなのだが、もしや正解なのか?
と云うか、それをして何か我が方に確実な利があるとでも云うのか?精々、飯井槻さまがなにか仕出かす前までの時が、僅かばかり稼げるだけではないのか?
いやまさか…。飯井槻さまが左様な企みをお持ちであるのか?
「ほほう。お主を皮袋が気に入るのかや。お主があやつに気に入らせて当家は、如何とするのじゃ?」
ふむ。飯井槻さまはこの、適度な腹の探り合いを大層喜んでおられるようだ。それはそれで良かったのかもしれない。
「そうさな。儂は噂に聞く飯井槻さまの輿入れの話には大反対の立場だ。左様な男が皮袋に近づき気に入られれば少なくとも、茅野家家臣一同の敵意やら反発を皮袋が感じなければ、なにかしやの時間稼ぎには良いのではないか」
「ふしし♪時間稼ぎのう。して、左様に時間稼ぎして、わらわは何を企むかのう?」
「企んでおられるのだろう?儂はそれを直に聞きたいのだ」
兵庫介は板間の板をそっとなぞりながら催促した。
「ふしししし♪其方はせっかちな男よの♪左様にせっかちな処はまるで亡うなった旦那の寝床の様子のそれじゃ♪あやつが夜な夜なわらわを求めてきたような気分にされられて、わらわはホトホト困ってしまうのう」
にゃ!!!
「にゃ!にゃ!にゃにを……!?仰せでおられる……!!」
ハナから余所行きの華麗な着物の裾をはだけさせておられる飯井槻さまが、もっとはだけさえ、妖艶な〝しな〟を作りなさった!!
ヤバい!儂なんか出そう!!
「飯井槻さまお待たせいたしました」
「おみ足をこれに」
ナニかがオッキしそうになった兵庫介を他所に、音もなく開かれた書院脇の板戸から、年若な可愛らしい二人の侍女が書院に入り、湯気がほのやかに立つ盥を置き、平伏して言った。
「おお、待ちかねておったのじゃ♪早う、これにこれに♪」
「「畏まりました」」
飯井槻さまの側近くに寄った侍女らは、まくられた裾を綺麗に巻き整え上げて、真っ白で形の素晴らしいふくらはぎを天下に露わにさせると、盥の水面をくゆらせながらスッと、彼女の右足を湯に浸した。
「あ!ああ…きもちいい……」
ぶっ!!
てめえ、なんてハシタナイ声を発しやがる!!
悩乱した兵庫介は、侍女たちが思わず身震いして引くくらい板間の上で慌てふためき、ヒドイ取り乱し様だった。
「わらわは長旅だったゆえにの…あん♪腰に乗っておっても足が痛うて蒸れて痒くて、あ…あん♪仕方なかったのじゃあ…」
侍女たちにぬるま湯でおみ足を濯がれながら飯井槻さまは、お姫様がしてはいけない恍惚な表情を浮かべ、洗われ揉まれる快感に御身を委ねそよがせていた。
ふむむ。なるほどな。だからさっき足裏をやたらと掻いておられたのか。
納得した兵庫介は、やがてある事に気付かされた。
あっ!してやられた!儂の話をはぐらかされた!!
こうなったら最後。飯井槻さまはこちらの問いかけに真面に応えやしなくなる。
くそ!近いうちに機会を見つけて聞き出してやるからな!
そん風なふんわりした内容の覚悟を決めた兵庫介の背後にまた、ひとり分の人影が現れた。
料理人の爺様である。
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