第1章

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『ついて来て』って・・・・。私は頼まれただけなんだけど。あんたの目の前で、あんたの父親に。まぁ、自分にとって都合のいいものしか頭に入れられない彼の頭には既にそのことはすっぽ抜けているのだろうけど。 「どうかしたの?」 殿下がヒナコの部屋の前で喚くものだからヒナコが部屋から出てきてしまった。相変わらず顔色は悪い。まぁ、起き上がれるだけましなんだろうけど。 「何でもないわ」 「待て。まだ話は思わっていない」 そうは言っているが顔色の悪いヒナコの前で怒鳴るのはさすがに気が引けたのか先ほどのような勢いはない。私はこれ幸いと呼び止める殿下を無視して自分の部屋に入った。 面倒だから基本は受け流すし、ある程度の言うことは聞く。でも、私は臣下じゃない。彼に従う義理はないのだ。 「夕食までお休みになられますか?」 部屋に入ってすぐ今まで黙っていたエイルが聞いてきた。 「ええ、そうするわ」 「このまま姿をくらませることもできますよ」 私は背後に控えるエイルを見た。彼の表情は変わらず変化はなく、何を考えているのか分からない。ただその眼はとても心配そうに揺らめいていた。 私は一瞬、言葉に詰まった。それはとても魅力的な提案だったからだ。この旅に同行するにあたって、陛下からそれなりの報酬はいただいている。 この旅は体力よりも精神力を必要とする。ヒナコは何かある度に私に頼ってくるし、それが余計に殿下の火に油を注ぐ。殿下から理不尽なことで文句を言われ、侮辱される。いい加減にしろと怒鳴りたくなる。 「・・・・それはできない。報酬分は働かないといけないし、それに」 私はそこでヒナコの部屋がある方角を見た。 「幸い、私は聖女じゃなかった。要らぬ重みを背負わずにすんだ。でも、だからってここで逃げ出すのはいくなんでも薄情でしょう」 「私にはヒナコ様が何かを背負っているようには見えません」 きっぱりとエイルは言った。 「彼女はただ現状に流されているだけです」 それは事実だ。 「それは私も同じよ」 「あなたはご自分で考えて動いていらっしゃいます。でも、彼女は違う。考えることを放棄しているように思います」 「そうね。どっちが幸せなのかしらね。現実を受け止めて、自分の足で立って歩くのと。考えることを放棄することで現実に目を閉じて生きるのと。幸い、ヒナコは聖女。この任務が終わっても彼女の生活は王宮が保証してくれる。考えなくても生きている」
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