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生贄はいらないって言ってるのに送られてきたんだが
お山の上の方から出る湧き水の横に社(やしろ)がある。
今年、これまでその社でお勤めをしていた古参の神が天に昇ることになったというので私が代わることとなった。
どうもその社には毎年近隣の村から生贄が送られてきていたという。生贄などいらぬと返しても今度は別の者が送られてきたりした為、他の社で人手が要りそうなところへ送っていたりしたようだがとうとう疲れてしまったらしい。
神託を出せばよかったのでは? と思ったが神といっても千差万別。そこまでするほどではないと考えたのだろう。まだまだ新米の私としては近隣はこれこれこうであると知らせてくれただけありがたかった。
さっそく村長と思しき大きな家の者たちに竜の姿で「今後生贄はいらぬ」と言いつけた。これで何ものにも煩わされず暮らせると思ったのだが。
たまたま出かける用事があって帰ってきたら、社の前に輿と食べ物が置かれていた。
「どういうことだ?」
しかもその輿に乗せられていたのは化粧をほどこされ、着飾らせた少年だった。
「そなた、もしや生贄になれと連れてこられたのか?」
「は、初めまして、水神さま……」
少年は輿の上でぼうっとしていたが、私が話しかけるとはっとしたようにひれ伏した。消え入りそうな小さな声で挨拶され、私はこの少年に同情を禁じえなかった。
「そなた、名はなんという」
「せき……いいえ、夕(ゆう)と申します、水神さま」
社の周りに人の気配を感じて私は目を細めた。
(今後生贄をよこすことはまかりならん。破った際は水脈を動かす故覚悟せよ)
少年以外の全ての気配に言いつけると「ひぃっ!」「ひゃあっ!」と声がし、がさがさと草を掻き分ける音がしてそれは逃げるように遠ざかっていった。
これで聞かなければ本当に水脈を動かして村に水が届かないようにしてしまえばいいだろう。以前の神ならともかく、私は本当に煩わされるのが嫌いだった。
こちらの様子を窺う邪魔者は退散した。
歩かせるのも面倒なので、「じっとしておれ」と言い置いて輿と食べ物が乗った盆を社の中に運び戸を閉めた。社の中は神域なので人が中を窺うことは絶対にできない。社が壊れてしまったなら他の場所へ移ればいいだけのこと。神というのはそれぐらい気ままで自由なものである。
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