老剣

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 山道で足をくじいた。  老いたな、と思う。  若い頃のように、身体が動かない。  まあいい。  どうせ、これから死ぬ身だ。  死に場所を求めて、こんな冬の山中に来たのだから。 「申し」  不意に背後から声をかけられ、孫兵衛は振り向いた。 「も、申し訳ありません」  そこに、見るからに気の弱そうな青年が立っている。  どこか怯えた表情。  その原因が、自分の右手が刀の柄にかかっているためだと気づき、苦笑する。  長年の習慣は、簡単には直らない。 「なんぞ用かな」 「ああ、いえ。どうも足を痛めているように見えたもので」 「お主には関係なかろう」  揶揄されたわけではない。  頭では分かっていたが、声がかすかに尖った。  内心で舌打ちする。 「私には多少、医術の心得があります。よろしければ、診せていただけませんか」 「必要ない」 「しかし、冬の山道で、その足では危のうございましょう」 「必要ないと言っているだろう」 「し、しかし」  気の弱そうな外見とは裏腹に、青年はしつこかった。  孫兵衛は、不意に疲れを覚えた。  どうでもいい、という感覚。  若い頃ならば、決して覚えなかったであろう倦怠感が、孫兵衛を投げやりにさせた。 「もういい、好きにしろ」 「では、そこの岩に腰かけてください」  言われた通り、孫兵衛が岩に腰かけると、青年は痛めた方の足に触れてきた。  医術の心得があると言うだけのことはあり、その手際は見事だった。 「これでよし、と」  治療を終えた青年は孫兵衛の顔をのぞき込むようにして、 「これから、どこへ行かれます?」 「あてなどない」  ふい、と孫兵衛は顔をそらす。 「でしたら、私の村にいらっしゃいませんか。ここから丸二日ほど歩いたところにあるのですが」  孫兵衛は何か言おうとして、また倦怠感を覚えた。  どうにでもなれ。  そんな気持ちでうなずいた。
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