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それから数日後。俺たちは父やベニの両親への報告も兼ねて、ベニの仕事終わりに二人揃って地元に向かい車を走らせた。近付くにつれて記憶がゆっくりと蘇る。流れる景色は随分と変わっていて、思い出までも壊された気がして寂しかった。
「なんかさ、嬉しいよ」
運転席のベニは、突然そう言って微笑んだ。
「なに?」
「親友が皆に愛されているって知るの」
俺たちは、今も親友だ。例え恋人と言う関係になったとしても、ずっと。
「もう嘘は吐くなよ。お前を失う傷より深いものなんかないんだからさ」
「うん」
「俺に対して何か思っているなら直ぐに言えよ。嫌なこと、直してほしいとこ、して欲しいこと、全部」
ベニが満足するまで、何度でも頷く。
漸く目的地にたどり着き車外に出ると、流れる風が懐かしい匂いを運んだ。
「行こうか」
小さく頷いて手を繋ぎ、悲鳴を上げる門を開く。
六年ぶりに踏み入れた、母の愛した庭。母が生きていた頃は色とりどりの花が咲き乱れていたそこに、もう面影はない。哀れな男によって奪われた命のかけらも、そこにはない。けれど新たな芽吹きが新緑に染めるこの場所に、思い出だけが静かに息衝いていた。
母を亡くしたあの日、秘密を抱えたあの時。こんな日が来るなんて、嘘でも信じてはいけなかったのに。けれどきっと誰の心にも狂気は潜んでいる。いつでも笑顔を絶やさないあの人も、悲しみだけを見せないあの人も、人生を適当に歩んで見える、あの人も。
荒廃した庭のうえ、紅に染まる空、瞬く一番星。
俺の鼻はもう伸びる事はないけれど、俺と同じように、秘密を抱え、そして傷付き疲れ果てた小鳥が、この肩で羽を休めることが出来ますように。大切な人たちを見上げて、そう願う────。
【完】
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