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「渡部、今日も休みか」
何処からともなく、非難めいた声が上がった。
「あいつ、よくサボるよな。そのくせ成績いいから腹立つんだよ」
級友たちは本人がいないことをいいことに、次々と渡部しのぶのウワサ話を始める。
「見るたびにちがう男連れてるぜ」
「派手に遊んでそうだよな」
下卑たウワサ話が尽きないところが、渡部しのぶという女子学生を如実に物語っている。
教室内に渦巻く喧騒を打ち破ったのは、結城春賀の出した、教科書で机を打つ音だった。
一瞬、教室内が静まり返る。彼女は眼鏡の奥の円らな瞳で、自分に注目する男子学生たちをひと睨みした。普段はおとなしい彼女の明らかに苛立った雰囲気に圧倒されたのか、男子学生たちはそれ以上、鳴りをひそめてしまった。
渡部しのぶと結城春賀、全く正反対の二人だが、このクラスにたった二人だけの女子として繋がりは深いようだ。
五嶋はというと、何事もなかったのかのように黒板に向いて授業を始めだした。
渡部しのぶのサボリは今に始まったことではないし、今すぐ単位を落とすというわけでもない。まだ猶予はある。
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