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「僕兄弟がいないんで……兄ちゃんとか弟とか……憧れるんすよね」
手元にないものを無我夢中で拾い集める子どもではない。何かを得ようとすることを諦めてしまっているように見えて仕方がない丸山の微かな笑み。
俺には扉を開ける余裕もなかった。にじり寄る彼を拒み切れずにただ吸い寄せられるように丸山の腕のなかに収まってしまう。
搬入口を映す監視カメラには俺を抱き締める丸山の背中が映っていることだろう。
自分よりも大きな身体に抱き締められながら冷静にそんなことを考えてみた。ここまで誰かに必要とされたことはない。俺を包む丸山の腕は僅かに震え感情を堪えているようにも感じる。
「おい、丸山? お前、どうした」
鼻をすする音が聞こえてきた。
「あっ……ごめん、なさい。でもちょっとだけ……ほんの少しだけでいいんです、こう…してちゃ……ダメですか?」
声が上擦っているようにも聞こえる。
「別に、いい、けど……」
突き放すような真似はできなかった。
「ありがとう……ございます」
人からの感謝の言葉にこんなにも胸が満ちあふれたことはない。
「丸山……?」
丸山はゆっくりと深呼吸を繰り返す。
そんな彼を前にしてどうした? と聞くつもりはなかった。
「……もう少し、こうしてるか? どうせ他の従業員は売り場から戻ってくることもないだろうしな」
他人の事情に関与するつもりはない。
ただ己の思うがままに距離を詰めようとしてくる丸山だからこそ、時折遊ぶ程度の関係まででよかったはずなのだ。
震える体を抱き締めてやる必要もなかっただろう。
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