遺憶-1-

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 一本の道があった。  砂利が敷かれただけの道だった。大なり小なり、色もまばらの石ころが無造作に配置されている。その中を歩けば、耳障りな音が奏でられる。  その中を二人の男女が歩いていた。  青年は大きな荷物を肩に提げていた。整備されていない道は歩きづらく、その度に荷物が角度を変えて歩行を阻害する。右手で荷物を押さえながら、不慣れな道を進んでいく。汗でずり落ちてくる眼鏡を左手で押し上げ、深くため息を吐いた。  周りは田植えが始まったばかりの鮮やかな緑が連なるだけで、平坦な景色は何一つとして楽しむ要素がない。奥に聳え立つ山も最初は感動を覚えたものの、飽きるのも早かった。 「何をしている。急ぎなさい」  足取りが一向におぼつかない青年の横を、ハイヒールを履いた女性が通り抜けていく。 「……よく平気ですね、倫乃(みちの)さん」  青年の声に、黒髪をまとめハイヒールを履いた女性――明堂(みょうどう)倫乃は後ろを振り返る。  五月晴れの空の下、薄手の生地のロングスカートは涼しげだった。  明堂倫乃。古書店の女店主というだけあって、二十代の若さでありながら落ち着いた雰囲気を醸している。暑苦しさを感じさせない凛とした姿勢で、彼女は青年を見やった。 「コツさえつかめばなんとかなる。ほら、目の前に見えているのが、私たちの目的の場所さ」  そう言って、倫乃は砂利道の先に見える一件の平屋を指差した。 「周りに田んぼしかない、あの民家がですか」  青年――恵与(けいよ)黎明(れいめい)の視線の先に、白い塀に覆われた民家があった。塀の向こう側から、黒い瓦の屋根が顔を覗かせている。厳格でいてずっしりと構えた風格は、どこか安心感のあるようにも思えた。 「間違いない、あの民家がそうだ」  二人が新幹線を使ってここまで来ることになったのは、一通の手紙がきっかけだった。  小鳥遊(たかなし)達一朗(たついちろう)と名乗る人物からの手紙で、単刀直入に『記憶を抜き取ってほしい』といった事柄が記されていた。自分の力では遠出できないことや報酬のことなど、報告や要望、達一朗の願いや思いがこめられていることは十二分に伝わった。  しかし、肝心の抜き取ってくれと懇願した内容について、触れられることはなかった。ただ一言「直接話を聞いてほしい」と、書かれているだけだった。
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