唐土にて

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 ゆっくりと目を開けて頭を上げた。手元を見れば書きかけの文があった。仕事も一段落し久し振りに故郷の家族に手紙を出そうと筆を執ってみたもののいつの間にか眠ってしまったようだ。  机脇の燈火に目をやれば、この地で過ごした去りし日々が脳裏に浮かんできた。故国新羅を発ったのは十二歳の時だった。下級官吏の家の息子である彼の将来は目に見えていた。どんなに優秀でも彼の前途は限られている。幼い頃から賢かった息子により良い未来が開けるように、父親はある決断をした。唐土への留学である。新羅からはこれまで何人もの若者たちがかの地へと旅立っていた。息子も唐へ行って学べば得られることも多いだろうと考えたのである。  出発の日、父親は次のように激励して息子を船に乗せた。 「十年経っても成果を出せなければお前はわしの息子ではない」  父の言葉を胸に刻み、彼は日々勉学に励んだ。そして十年内に科挙に合格し、唐の 俸禄を得る身となった。  唐土の生活には、特に不満はない。学舎では他国の留学生たちとも知り合い共に切磋琢磨し、また経学のほか詩文なども身につけた。詩文の才のあった彼は、それを通じて唐土の著名な文人たちとも知り合い交流をした。  そして今、彼は唐の地方官になってこの地に赴任している。風光明媚なこの地を彼は気に入っている。  それでも夜更けにたった一人部屋に居ると故郷を思い出してしまう。父母や師匠はお元気だろうか、金城はこの地と同じく山々は紅葉黄葉で飾られているだろうか…。  彼の耳に微かな物音が聞こえてきた。雨が降り出したようである。秋季は天の心も物悲しくするのだろうか。 秋風惟苦吟、世路少知音 窓外三更雨、燈前万里心 秋風に惟苦吟す、世路知音少なし 窓外に三更雨、燈前に万里心 (秋風に苦吟するばかりだが、世間には知人は少ない。窓の外には夜雨が降り、灯の前では万里思う心が走る)
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