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プロローグ
手を洗い終わっても、なぜだかトイレから出ることが億劫だった。
セレモニーホールはどこも静かで薄暗くて清潔で、ただでさえ静かな睦月の気持ちを更に平らにする。通夜なんて初めてだが、もっと大仰なものだと思っていた。実際はホールの人間が仕切ってくれるので親族といえどなすがままだ。
昨日、光司が死んだ。
半年前に出会ったばかりの実の兄だった。睦月がお腹にいた頃に離婚した両親が再婚して、初めて出会った兄とも、父とも、これから家族になるのだろうと思っていた。
鏡を見て、睦月は自分の顔がいつも通りであることに安心する。
母は涙を絞るような泣き方をしていた。父は母ほどではなかったが、それでも一晩で顔はやつれ、背中は重いものが乗っているように丸まっていた。きっと自分が一番ましなのだ。光司とはまだ片手で数えられるくらいしか顔を合わせていなかったから、家族の実感も、まして、死んだという実感もなかった。昨日、両親と一緒に病院で看取ったというのに。
時計を見た。十七時半。あと三十分で通夜だ。
「あれ? 睦月……元居睦月?」
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