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教室内を見回すと、居座っているのは幸いなことに僕達三人だけのようで、安堵はするが羞恥は消えない。 「怒ってるのは」と繰り返すが、勢いと怒気は伴ってくれない。 「せ、先輩達が、リアルホラーな書籍なんか作って、恐怖に陥った生徒達を嘲笑っていることにです」 「俺がいつ、誰を嘲笑ってん。俺も赤崎もそんなしょうもないことせえへん」 「でも、楽しんでるでしょ」 「波多野くんには、奈々葉ちゃんを笑わせるっていう確固たる立派な理由があるのよ」 「おい、いらんこと言わんでええ」 「釘刺されちゃった」 打って変わった、咎めるかのような口調も、日常の一部なのかもしれないが、僕には驚きだ。豹変と言ってもいい。 瞳に宿る本気度が、理由の吹聴を固く拒んでいる。理由が存在していることは、美術室の落書き事件を自白した時から知っていたが、そこから先は頑なに明かさなかった。 僕も特に訊かなかった。固有名詞、それも人名が理由だとしても、だからといって許容範囲ではない。 むしろ一人のために、笑わせるという理由のために全校生徒を巻き込むのはやはりはた迷惑だ。 「その人のことは僕は知らないけど」 知らないなら口を挟むな。そんなのは百も承知で、口を挟んだ。 「やりすぎなんじゃない。いろいろと」 「いろいろ?図書室以外にもってこと?懲りないねえ」 「あいつがまだ笑ってへんからな。目標達成まで俺は止まらん」 不意に、陸上部二人の顔が浮かんだ。掲げた目標も動機も異なるのに、目標に進むさまはひたむきで輝いて見える。 煌々とした光と、鈍い光の違いはあるが。 「誰かを巻き込まないならしてもいいんだろうけど」 図書室のリアルホラー本には全校生徒を結果的に恐怖に陥れて。食堂の絵画は目眩ましのためだけに汚して。美術室の望月先輩の制作中の油彩画に落書きして。 全校生徒を巻き込んだり、特定の生徒を悲哀にさせたり。僕だって被害者だ。彼のせいで、落書き犯に間違われたのだから。
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