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「浅黄、ボティスとやら」と 楠の向こうから、榊が顔を出す。 「玄翁が呼んで来い と言う故。酒宴じゃ」 それだけ言うと、ふい と 歩いて行く。 山頂にて「何じゃ 榊。機嫌 悪いのう」と聞くと 「儂を省いて、人里で遊んでおったものか」と 振り向かずに言う。 「あの調子であるからのう。大変とは思うが」 「後で お前が自転車に乗せてやれ。 それで相子(あいこ)だ。機嫌も直る」 里の入り口に入ると、また夜じゃ。 しかしまた 朝も来る。 「お前が透明で行けば良かろう」 「そのうち」 これじゃ。まあ良い。 「俺は近く フランスに行く。土産は何にする?」 「葡萄酒が良い。お前と飲む故」 ボティスは ふんと鼻を鳴らす。 嬉しそうにあり、俺も何か嬉しくある。 里の広場に胡座をかく。狐火の下で桜酒じゃ。 ボティスの隣に座すと 俺の隣に、まだツンとしたままの榊が座った。 人里は 夜も煌々と明るく あれ程に刺激があり、楽しくあるが 真昼の日中(ひなか)、白い日差しの下にも 時折 独りと 感じる者もあろう。 だが、なかなか独りになどなれぬ。 厄獣であった俺ですら なのだから。 うむ。信じて良い。 これで俺の話は(しま)いじゃ。 仲間が出来、兄になり、友が出来た。 そういった取り留めのない話であった故 退屈させたかもしれぬのう。 すまぬ。だが俺は楽しくあった。礼を申す。 では。 ********       「朝色」 了 狐 後日譚・短編集 榊 (228ページより)   第5話「砂糖水」公開中。          榊、ため息の夏です。 本編のお話は、次の巻     万象8「うたかた」に 続きます。
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