プロローグ

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プロローグ

諫早貴木という先輩について、和戸尊が知っていることは殆どなかった。薬学部の三年生で、ダンスサークルに所属している。頭抜けてという程ではないが、男前の部類に入る顔立ちだ。  そんな諫早と尊が言葉を交わしたのはたったの一度だった。それは今年の四月に行われた新入生向けのガイダンスの後のことだった。  世間でのステレオタイプな大学のイメージがどうかは知らないが、少なくとも尊の頭の中でとりわけ大学というものを象徴していたのは”熱烈なサークル勧誘”だった。  だだっ広いキャンパスの地形が頭に入っていない、文字通り右も左も分からない新入生にこれでもかとサークル勧誘のビラを配る。週末の金曜には新歓コンパがあって、生まれも育ちも全く違った者が一同に会する。とりあえず生まれはどこどこで高校ではこんな部活をしていましたヨロシクオネガイシマス。  尊が抱いていた大学のイメージは概ねそんなところだったのだが、それは当たらずも遠からずといったところだった。大学の規則でビラ配りは禁止されていたから、その代わりに先輩方は、サークル公式のSNSアカウントのIDやメールアドレスがでかでかと書かれた看板を持って、新入生を待ち構えていたのだ。  尊としては、高校時代の部活動のように日々練習に明け暮れるようなことを大学に入ってまでしたくはなかった。だから、声をかけてきたのがダンスサークルだと分かるや否や、眉をひそめたのだ。
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