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第1話 妻が出て行った。
娘の3歳児健診の日に何気なく医者に尋ねた一言が3人の日常を変えた。明確に言えばその数日前からだ。
娘の健康診断1週間前、自分の膝を枕がわりにして眠る娘の頭を撫でながら、妻が電話で誰かと話をしてるのを眺めていた。
頬を赤らめ、とても幸せそうな表情を浮かべている。彼女の笑顔を見たのは久しぶりな気がした。電話の相手に向けたその顔を見ながら思った。
あぁ、妻は恋をしてるんだ、と……。
翌日仕事から帰ると妻の姿はなく、代わりに彼女の弟の千景が娘の朱里と夕食を取っていた。
帰宅した俺に気付き、2人が駆け寄ってくる。
「パパーー、お帰り!」
「匠さんお帰り!」
口の周りにハンバーグのソースをべったりと付けた2人を見て、思わず笑みが溢れる。
「ただいま」
ポケットからハンカチを取り出して二人の口元を拭う。
3人で夕食を取り終えると、朱里はリビングで眠ってしまった。俺は娘を抱き上げ子供部屋で寝かせてからリビングに戻り、ソファーに座っている千景の隣に腰を掛けると、彼に抱き締められた。
「匠さん」
「ん?」
「姉ちゃん出て行ったよ」
「うん」
妻の身周りの物が消え、今はもう居ない彼女の場所に千景が居た。きっと電話の相手の元へ行ったのだろう。不思議と怒りや悲しみは感じなかった。朱里に母親が出て行ったことをどう伝えよう。4月から幼稚園だなぁ。娘の送り迎えはどうしようか。そんなことをぼんやりと考えていた。我ながら呑気だな。
肩をすくめ苦笑した。
「匠さん、大丈夫?」
千景の問い掛けで、自分の腕の中に居る彼に視線を落とす。強く抱き締めながら顔を上げた彼の頬は涙で濡れていた。
「うん。大丈夫だよ。ありがとう」
俺はそんな彼を愛おしく感じ、泣いている子どもをあやすかの様に彼の頭を撫で、濡れた頬にそっと唇を当てがった。
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