序章

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序章

 生い茂った木々に光を遮られ、薄暗くなった森の中を男と女が歩いていた。  この世界の森は人々に忌避されるのが相応で、戦う手段のない者が魔物や獣に襲われてしまえば為す術はない。  森の恵を享受して自然と共に生きる種族もいるが必要なければ人は近寄りたくはないと思うものである。 「この先が例の場所で間違い無いようだな」  子供のような背丈の男が呟き大雑把に書かれた地図を背負い袋に入れた。  用心深く周囲を見渡してゆっくりと歩きはじめると、腰からよく手入れされた短刀を取り出し、鬱蒼に生い茂る草木を払いながら進んで行く。  それは森林の中で物音を立てずに移動する訓練されたものだ。 「じゃあ、そろそろ用心しましょうかね」  その後を付いていく外套を纏った女は指先で空間に何かを描き魔術を発動した。 〈フォレスト・フォールド/気配隠蔽〉  術者の足下が薄らと束の間輝く。  女は杖を使い覚束無い足取りで進むが、その音は周囲に聞こえることは無かった。  滅多に人が入り込まない森の中、2人は獣道を選びながら進むとやがて大きな岩壁が見えてきた。 「あの岩の上から遺跡が確認できるらしい。もっとも『千里眼』を使っても一部だけらしいが」 「先に行くよー、それっと!」 〈アップドラフト/上昇気流〉  女の足下から落ち葉や小枝が舞い上がると、魔法的に作られた上昇気流が靴底を強烈に押し上げ術者を空中に浮遊させた。岩の頂上まで飛び上がると、周囲を警戒して女は直ぐに身を屈めた。  小柄な男は身軽に岩をよじ登り、女をさほど待たせる事無くその横に身を伏せた。周囲を見渡して方角を確認する。 「こっちで間違いない、確認してみるか……〈千里眼〉」男はスキルを発動し遠くを凝望した。 〈クレイボヤンス/千里眼〉  女は再び指で空間に何かを描いた後、自身の瞼を撫でて遠望できる魔術を発動させた。 「ふむ、まだ遠いな、もう少し近づけると良いのだが」  2人に見えた光景は、太古にハイエルフが拠点にしていたという遺跡だった。確認できる範囲には大きな石畳の広場があり、そこには『霊木』といわれる大木が中心に聳え立ち、周りには崩れかけた柱と彫像が幾つか見えた。  霊木の前には石造りの祭壇があり、人影がそこで座り込んでいるように見えるが種族を特定できるほど姿がハッキリ見えない。  2人が遺跡に集中している時、男が何かを察知して視線を変えた。 「まだ距離はあるが、2体程……かなり大きい影がこちらの方角に向かって来るぞ」 「大きい影? この辺りならオーガとか……?」  2人は近づいてくる影の方向を確かめる。  森の木々が邪魔をしてスキルを使ってもその影を見るには時間が必要だった。 「見えてきたぞ、小さいのが肩に乗っているな……あれは?」 「ちょ、ちょっと……ストーンゴーレムじゃないの? 肩に乗っている小さいのは……多分、悪魔じゃない?」  ゴーレムとは魔法で動く人形。  戦闘になれば石の身体で豪快に物理的な攻撃をしてくる。軽装備ではとても正面から太刀打ち出来ないので、2人にとって相性の悪い相手だった。  さらにその主と思われる悪魔は大型のゴーレムを2体引き連れていることから高度な魔術を扱える者だと推測できる。 「向こうもこちらに気が付いているようだ。仕方がない、ここは逃げるしかないな」  小柄な男は巨石を滑るように降りて、ここまで来た獣道を小走りで引き返した。 「追いかけっこは苦手なんだけど……はぁ、また奴らから逃げる事になるのね」  魔術師は登った時と同じように、風を使った術で下に降りた。その途中、迫る追跡者に目をやると、既に巨大な影はこちらに向かって走り出していた。 「まずいわ、こっちも走らないとダメね」  2人は足場の悪い獣道を引き返し、少し無理をしながらも走り続けた。  しかし敵は疲れを知らない石の人形だ。追っ手を遠ざけることが出来ない。何か足止めをする方法を考えなければ、いずれ追いつかれてしまうだろう。  逃げ続ける2人は、ここまで来る途中に通過した開けた湿地に差し掛かった。 「ここで罠を作るから少し待って!」 〈ピットフォール・スワンプ/水溜まりの罠〉  女は魔術を発動させると湿地の水面が効果を示すように刹那に白く輝いた。直径20メートルの範囲で、その場が水溜まりの罠へと変化する。  長距離走の後、魔術を使い精神力を大きく失った魔術師は息を切らしながら、重くなったブーツをビチャビチャと引き摺る様に走り始めた。 「うまく嵌まってくれないと……もうダメ、走れない……」 「このまま罠に嵌った所を叩きたいが、ストーンゴーレムでは分が悪い。ここを離れるぞ」  2人が湿地を抜け出す頃にゴーレム達が森林から抜け出し姿を表した。 「おまえ達は何者だぁー、おわあぁ! あ、痛ったぁー!」  子供の叫び声が聞こえた方を振り向くと、うまく2体のゴーレムが水溜まりの罠に嵌まっていた。ゴーレムの肩に乗っていた者は、この場に似つかわしくない可愛らしい少女だった。しかし、無垢な少女がゴーレムの肩に乗り追って来るなどあり得ない。寧ろ邪悪な存在と考えた方が良いだろう。 「よし、このまま林道まで走るぞ!」 「はぁ、はいよ……」
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