その二 くさ男

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その二 くさ男

 それは庭の桜がはらはらと零れる日で、よく晴れていた。  道場の方からは、掛け声や打ち合う音が響いていた。  わたしは裸足で廊下を雑巾がけしていた。  三つの時から雑巾がけのお手伝いを教えられ、その頃には立派に家じゅうの廊下を雑巾がけできるようになった。  そこに、玄関のほうで、たのもう、たのもう、と地の底から突き出るような陰気な声が聞こえた。  同時に、きゃっとか、くさっ、とかいう、下女の声が聞こえた。  何事かと思っていたら、下女が嫌そうな顔をしてやってきて、お通ちゃん今、汚いのが来て、旦那様に会いたいと言ってるよ、と言った。  当の親爺様も兄様も道場だ。  (用事があるなら、道場に直接行けばいいのに)  そう思ったが、下女がとても嫌そうな顔をしているので、どんなのが来たのか見てみたくなった。  下女にしても、幼いわたしに、どうにかして欲しかったわけではないと思う。ただ、あまりにも異様な男だったから、誰かに言わずにおれなくなっただけだろう。  「そんなに汚いの」  わたしは裾をはしょった姿のまま、珍獣でも見るような気持で、わくわくうきうきと玄関に向かった。     
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