彼らたち-1

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「覚えてる?」 「もちろん」 起きると、開口一番に美央さんにそんなことを聞かれた。 僕は酒で記憶を失くしたことは、実はないのだ。 失くしたふりをしたことは、百回くらいあるけれど。 「サトル、太腿。どうしたの」 「治らないんです。歳かな」 僕たちは全裸のままだった。 太腿の裏の傷を指摘される。美央さんは「待ってね」と言って鞄を漁った。 出てきたのは、絆創膏だった。 「女子力?」 「紳士のたしなみー、てか、偶然」 ペタリ、と絆創膏を貼られた。 僕が普段使ってるものより、いい絆創膏らしかった。 「お腹空いてるだろ」 「そうですね……ん、あー……」 ホテルを出る前に、一度だけ抜き合いっこした。 「やっと出たね」 「ですね」 バスタオルに彼のものを吐き出す。 苦いものは、嫌い。 ホテルを出ると、もう昼の12時だった。 蕎麦屋に入って、天ぷらそばを食べる。 「あの、ホテル代」 「……払わないと、気が済まない?」 「うん」 「じゃあ、三千円でいいよ」 あのホテルは7800円くらいしてたはずだが。 まあ、あまり可愛げのないことを言っても仕方ないので、甘えておいた。 天ぷらそばは、ちゃんと自分の分、支払った。 「お金大丈夫なの?」 「僕だって社会人ですよ」 僕がわざとらしく怒ったように言うと、美央さんはぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた。 もう昼間なのに、ここは二丁目じゃないのに、手をつないで、駅まで行った。 無敵の気分って、こうだなって思う。
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