660人が本棚に入れています
本棚に追加
/326ページ
「さて。もうそろそろ時間だな」
しばらくゆっくりした後、お父さんが時計を見てそう言った。手早く片付けて寺に戻る準備をする。
帰り際、もう一度みんな揃って、お墓に向って手を合わせた。
「また来るよ」
お父さんの言葉を合図にわたしたちは歩き出す。
数歩歩いた後、ふとわたしはお墓を振り返った。フワリと髪を撫でた風が、何故かわたしをそうさせた。
お母さん……見送ってくれているの?
そんな感傷に囚われて足を止める。だけど、すぐに笑って首を振った。
見送る必要なんてないよ、お母さん。これからもみんなで一緒に歩いて行くのだから。そこにはお母さんもちゃんといるのだから。
「カズ?」
足を止めたわたしに気付いて、仁が引き返してきた。おとうさんと希望は先を歩いている。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
「――そっか」
仁は微笑むと、わたしに向って手を差し出した。迷いのない大きな手。わたしもためらうことなくその手を取った。仁の手はすっかり冷えて冷たく――それでもやっぱり温かかった。
「かずー! じんー! まだあ?」
道の先で、こちらに向って無邪気に手を振る希望がいる。どこか呆れた顔で、それでも優しくわたしたちを見守っているお父さんがいる。
心の中には、大好きな母がいて。
隣を見れば、わたしの全てを優しく包んでくれる微笑みがある。
わたしはこの人と共に歩いて行く。
この人たちと共に生きていく。
愛する家族と共に生きていく。
( Loving home 完 )
最初のコメントを投稿しよう!