石有珠市西居6-1 築14年/戸建て2Dk西向き 奥下急行千怒目駅15分/自社

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 女性は、ゆっくりとこちらを向いた。  後ろ姿だと、漠然と高齢という感じにしか捉えられなかったが、顔を見ると八十歳くらいだろうかと思った。  何にしろ、顔がきちんとあったことに柊吾はホッとした。 「ここで死んだんですよ……」  女性は、(しゃが)れ気味の声でゆっくりと話した。  マジか、と柊吾は呟き半歩ほど後退った。 「ある日突然、ぽっくり」  うわ……という声を、柊吾は呑み込んだ。大声を出して刺激したらいけないのではと根拠もなく思った。 「それはあの……ご愁傷様です」  これは本人に言ってもいい挨拶なのだろうかと思ったが、取りあえず柊吾はそう言った。 「何で死んじゃったんだろうねえ」  高齢の女性は俯いて力なく言った。 「そういうパターンは、大抵ほら、脳溢血とか脳梗塞とか。分かんないけど、年齢のせいもあるというか」 「年齢……」 「いやあの、おば……いえお姉さん、お若いですよ」  女性は軽く首を傾げた。 「若かったんですよ……」 「いや、昔は誰でも若いというか」  自分でも何を言ってるんだと思ったが、ともかく刺激して凶暴化されるのを防がなければと思った。 「すみません」  後ろから若い女性の声がした。  振り向くと、髪の長いOL風の女性と、黒いスーツの二十代半ばほどの男性が立っていた。  男性の方は知っている。ここを管理する華沢不動産の事故物件担当の人だ。  契約のときに夜の社屋で説明を受けた。  名刺に書いてあった名前は、確か華沢 (そら)。  「やだ、お婆ちゃん」  OL風の女性は掃き出し窓に手をかけ身を乗り出すと、「入っていいですか」とこちらを振り向いた。  どうぞ、という風に柊吾は手を差し出した。 「ごめんなさい。すぐに家に連れ帰ります」  女性はパンプスを脱ぐと、ばたばたと中に入った。  室内に、女性に見られて困るようなもの置いてなかったよな、と不意に気になってしまった。  高齢の女性の脇の下に手を差し込むと、OL風女性は無理やり立たせて掃き出し窓の方まで連れて来た。 「うちのお婆ちゃん、惚けちゃってて。すみません」  OL風女性は、ぺこぺことお辞儀をした。 「……って、生きてる人?」 「はい」  緩く腕を組み、不動産屋は言った。 「靴……」  そう呟き、OL風女性は周囲を見回した。 「これですかね」  勝手口の方に回った不動産屋が、サイズの小さいサンダルを拾って持って来た。 「多分それです。すみません」  女性は声を上げた。  勝手口でサンダルを脱ぎ、開いていた掃き出し窓から入ったのか。行動原理があんまりよく分からんと柊吾は思った。 「不動産屋さんも、すみません」 「いえ」  不動産屋は微笑して言った。  OL風女性は、何度もぺこぺことお辞儀をしながら、高齢の女性を連れて行った。  敷地のすぐ前の曲がり角に二人の姿が消えるまで、何となく柊吾は見送った。 「認知症の人だったんだ……」 「隣町に住む方なんですが、数年前にお孫さんが亡くなられて、少し後にあんな感じに」  不動産屋は言った。 「あの状態で、どうやって隣町から来るんですか」 「電車で。正確にここに辿り着けはするみたいですね。危ないですが」 「はあ……」  そういうものか、と柊吾は思った。  それだけ以前は頻繁にここに来ていたのだろうか。 「ここに出る幽霊かと思っちゃいましたよ」  はは、と苦笑して柊吾は言った。 「それは連れ帰ったお孫さんの方ですね。お友達とシェアして住んでいらしたんですが」  緩く腕を組んだまま、不動産屋は言った。 「あちらが、ここで急死された方です」 「は……」  (にわか)に顔を硬直させてしまった柊吾に構わず、不動産屋は折り目正しく礼をした。 「では。良いお年を」 終 最後までお読みいただきありがとうございました。 この小説は、オムニバス形式とはいえ複数回出てくるキャラもいることから、完結する際にはそれなりの終わらせ方をするつもりでいたのですが、 諸事情によりエブリスタ版はここで完結表示と致しました。 小説家になろうの方で、かなり不定期ですが連載を続けておりますので、引き続きそちらを覗きに来ていただければ幸いです。 2022.10.10 路明
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