タイムトラブル

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「もっとも泡みてえに弾け飛んじまうインチキ経済だからな。後になって経済評論家どもがバブル景気とか抜かしはじめる。だけど実際そのときだけは貧乏人がこの国にひとりもいなくなった。これからその時代を生きてくお前が正直クソ羨ましい」  あのとき俺は景気がいいとか悪いとか、そういうことはわからなかった。社会へ出たときは既に景気がよかったのだ。知り合いはどういうわけか札束を唸るほどセカンドバッグに押しこんでいたし、女どもは女どもで数十万、数百万もするような服やアクセサリーで自分の体を飾っていた。俗輩どもの真似をしたくなった俺は連中と同じやり口で銭を生みだし、分不相応な欲を満たしていった。 「おっさんは儲けたのか、その乱痴気騒ぎで」 「ああ、地面(とち)でがっつりな」 「じゃあ別にそんな話しなくても、自動的におっさんと同じことをオレもやるんじゃねえのか?」  いつの間にか広い敷地に入りこんでいた。人影のまったくない母校の校庭。静寂の支配する中、俺はテニスコート脇の幅の広い階段へ腰を降ろした。 「そう……だな。また余計なことに時間割いちまったか。とりあえず突っ立ってねえで座れよ。首が疲れる」  例によってウンコ座りをする俺少年。丈夫そうな膝。体のどこにも慢性的な痛みがない若い肉体に幾許かの嫉妬を覚えた。 「なんか、超長えこと話した割りにはあんま意味なかったな」  現実にその未来を生きていない者の感覚は鈍い。このまま、のほほんとやっていったら、こいつはまちがいなくあのときの俺と同じ羽目に陥る。そうならないようになんとかしてやりたいと思う反面、どうでもいいような気もしていた。たしかにこいつは俺だし、その人生は俺の人生かもしれない。だが、俺からすれば済んじまった期間(ターム)で、こいつがどこでどんな目に遭おうが、こっちとしちゃ痛くも痒くもない。それに同じことの繰り返しである以上、こいつだって死ぬわけじゃない。事切れることなくおめおめと、ぼちぼちと生き抜いて、いずれこの汚いおっさんになり果てるだけだ。本体Aが使い古した本体Aダッシュの未来に特段の意味や価値があるとは思えない。
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