I loved you

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I loved you

風もなく寒くもない夕暮れ。 西日は、とろけたラムネのような泡をいくつも弾かせながら落ちていく。空の色が白、黄色、橙、赤、紫へと変貌していく過程を、海から軒先まで眺め堪能した。身を乗り出して軒の向こうを覗くと、紫の向こうはすでに延々と紺色に染まっていた。星の光は目を凝らさないとまだ見えない。夜がすぐそこに迫ってくるのを、視覚をフルに使い感じる。 「いやー、すごいなぁ」 壮太は呟きながら、両手で三五缶のビールを握りしめ、飲み口で唇を遊ばせている。瞬きするのすら惜しんでじっと空を眺めたことなんて、生まれてこのかた一度もない。興味を持ったこともなかったし、時間の余裕もなかった。ビルの隙間や小さな窓越しに、意識をすることもなく、本当に「目をやる」だけだった。それがここに来てから、スマホの画面すらろくに見ていない。 「そーたさぁ、さっきからそれしか言ってないじゃん。もう酔った?」 侑介が、呆れ口調で水を差す。部屋の明かりもつけずにいたのは、いつの間にか染みてきた闇に目が慣れて来たせいもあるけれど、壮太同様、じっくりと溶けて沈んでいく太陽の軌跡のようなものを堪能していたからだった。     
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