花ひらく君へ

1/16
288人が本棚に入れています
本棚に追加
/243ページ

花ひらく君へ

「浮遊魂というのは、この世に未練があるものが殆どだ。伝えたくても伝えられない者の為に代筆屋であるザンシ課が代わって言葉を〝この世に残して〟いき、未練を断ち切ってやる。そうする事で完全に死を受け入れ、成仏することが出来る」 「詳しいんだ…魂刈りって言ってたからてっきりその…死神がするような仕事の事しか知らないのだと」 「昔、青天目がザンシ課にいたから少し内容を知っているだけだ」 「え、そうなの?」  首を傾げれば薊森田は「いいから早く書け」と会話を終わらせた。  どうやら無駄話は好きではないらしい。  器用にくるりと宙を回り、黒髪をさらさらと揺らしている。肌は死人のように白いし、細い腕についた黒い腕輪が今にも飛んでいきそうだと思った。 「不健康そう…」 「あ?」 「ああ、なんでもない」  咄嗟に顔を逸らし、帳簿と向き合う。さっきは独りでに動き出した帳簿だけど、今は大人しく私の手に収まってくれている。  あれからおばあさんがおじいさんに〝聞きたいこと〟を帳簿に書き止め、一旦持ち帰った私は近くにある木の枝に腰掛けながら手紙の内容を考えていた。 「帳簿に文字を綴る時はまず集中が大事なんだよ」  薊森田は細かい。  出会ってまだ僅かだけど、こいつはきっとそういう性格なのだと思う。 「集中って言われてもな…」  代筆なんてしたことがない私にとって、本人に代わって手紙を書くと言うのは難しい。  それに、これはただの手紙じゃない。その人にとってこの世に残す最後の言葉となる。 「これ、代筆を失敗したらどうなるの?」 「さあな。あのばあさんがこの世に取り残された後、じいさんに悪影響を及ぼしてから消滅するんだろ」 「そんな物騒な…あんなに人の良さそうなおばあさんが、」 「あり得るんだよ。人間の気持ちは簡単に転がるものだからな。嬉しいと思ったら悲しくなって、悲しいと思ったら急に憎らしくなってコロコロ面が変わる」
/243ページ

最初のコメントを投稿しよう!