わたしばっかり

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「じゃあ、これ、葉月ちゃん」  低くて硬い声が私の名前を呼んだ。  !?  なんで?  なんで私?  高校生になってからの初めての夏休み。  楽しい事しか考えていなかった夏休みの明暗を分けたのが、ペラペラの通信簿……。  教壇で薄めの唇を片方だけ上げて笑う人は、つい最近彼氏と呼ばれるようになった松井先輩。  先輩は今、私たち一年生の数Ⅰの先生になっている。  私の入った学校には夏休み後輩に補習をするというとても憂鬱な習慣があった。  それは、誰かに教える事に代って忘れかけていた内容を確実に自分のものにするためらしい。  この教室にいるのは、お勉強のあまり得意ではない一年生。  私も例外ではなく、夏休みの補習の招待状をもらった。  学校の言う事もわかるような気もするけど……  だからって……なんで松井先輩だったの……  補習なのに!  最終日にはテストもあるのに!  何も入ってこないんですけど! 「ん~、わかんない?じゃあ説明しようか?」  黒板に向かい、何の躊躇もなくチョークを滑らせていく長い指を見ていると説明を終えた先輩が振り返って私を見た。 「これ、絶対に最終日のテストに出るよ」  先輩の一言で、一斉にノートの上をシャーペンが走る。  それが何だか面白くて笑いを堪えているとちょっと呆れた声。 「葉月ちゃんはわからなかったのにノート取らなくていいの?この後補習の補習する?」  ドキッと顔を引き締めると揶揄うような表情が私を見ている。 「……しません」  教室に笑いが起こって教壇に立つ先輩を睨むと、茶色い針金みたいな長い前髪の隙間から覗く綺麗な二重のラインが引かれた瞳が柔らかくなって、落ち着かなくなった私は、全く理解出来ていない綺麗に並べられている黒板の数字を書き写した。
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