たとえ運命が人を引き離しても、雨は必ずいつか止む

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たとえ運命が人を引き離しても、雨は必ずいつか止む

 僕はまた雨が嫌いになった。僕の楽しみや大切なものが失われるのは、いつもきまって雨の日だ。少し前までは大好きだったのに、人間の心とは気まぐれなものである。しかも気まぐれすぎて、僕自身の手にすら負えない。だからお天道様も隠れたのに、雨が降る公園のベンチで、傘もささずに電灯を見る青年がいるのである。  僕は別にかまってもらいたくて、こんなことをしているわけじゃない。自傷的な行為だけど、体以上に心が傷ついている。でもメンヘラではない。証拠に心の歯車はしっかり噛み合って廻っている。  腕時計を見れば、止まっていた。そういえば僕の時計は防水じゃなかった。この時計と同じように、体が壊れて死んでしまえばどれほど楽か。痛みもない。人の目を気にすることもない。迷うこともない。大切な人の死を悲しまなくてもいい。あと時間なんてものに囚われなくてもいい。  それで今の時間は何時だろうか。そういえば家を出たのが二十四時くらいだった。ということは今は、だいたい一時だろう。  そう、シンデレラタイムは終わったのだ。だというのに悪夢が覚めないのは、どういうことなんだろう。雨はいつか止むように、夢はいつか覚めるものだ。なのにお父さんは死んだままだし、混沌とした頭に調和は訪れない。どうにか整えようとかき回すけど、熱くなって余計にぐちゃぐちゃになる。  夏の雨は熱い頭を冷やすのに適している。自暴自棄な青年は、ずぶ濡れで惨めになり冷静さを取り戻すのである。ただいつも冷たい雨は、心だけでなく身も芯まで冷やす。温もりが失われる程、死の足音は大きくなった。  頬を伝う雨粒を拭う。頬に触れた指先の冷たさに、一つの記憶が甦った。花に囲まれ、微笑んでいるお父さんだ。真っ白な旅装束に身を包んで、多くの人が見送りに来ている。多くの人が無言で花を贈るなかで、僕は声をかけてみた。だけど返事はない。そこで僕は父と初めての握手を交わした。その手は、ちょうど今の僕の手みたいに冷たかった。  どうして、お父さんは死んだのだろう。いつか、死ぬのはわかっていた。でも、こんなに早いとは思わなかった。しかも自殺なんて。僕はお父さんの変化に気づいてあげられなかった。いつも笑顔で、お弁当を手渡す姿ばかり見ていた。親切に甘えるばかりで、感謝も恩返しもできなかった。
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