1、夏をひと掬い

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部屋と部屋を繋ぐコンクリートの渡り廊下を歩いていると、これから出かけるのだろうか、腰に浮き輪を付けてはしゃぐ少女とキャリーケースを引きずる両親とすれ違った。近所のよしみで会釈すると、みなはち切れんばかりの笑顔を返してくれた。単純なおれはその熱に浮かせれて、自分の部屋の銀色のノブを勢いよくひねった。 「美咲、帰ったぞ。ほら、約束のアイスだ」 「おかえりー」 裸足でぺたぺたいわせながら居間に戻ると、美咲はキンキンに冷えた部屋のソファで女王のごとく横になり、ガラス机に置かれたノートパソコンに首ったけになっていた。部屋にはシリアスなBGMが流れ、優男風の声の持ち主が「世界を変える」とかなんだか騒いでいる。 おれはなんだか笑ってしまいそうになるのを堪えながら、ソファの後ろに回る。最近の美咲はアニメにいたくハマっていて、休日になるとずっとこんな感じだ。 おれは代わり映えしない日常に風穴を開けるべく、イタズラを敢行することにした。美咲の眼中にないことを良いことに背後にそっと忍びよる。無防備なミディアムヘアーの向こうには、案の定、美咲がはまっている声優の主演夏アニメが流れている。友達をおれの部屋に勝手にあげては「マジやばい」と騒いで、仕事帰りのこちらをウンザリさせるやつだ。 「ほい、アイス」 「ひゃあっ」     
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