1.魔法使いか魔女

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 寝室にはカーテンをつけない主義。窓から差し込む朝日で、自然に目が覚めるのが好きだから。だが、その希望が叶った試しはほぼない。ふわふわの塊に喉を圧迫され、佐倉学は「ぐっ」と苦しげに呻き声を上げ――その瞬間、目が覚めた。 「シンク、おはよ……」  学は険しい表情でふわふわの塊……シンクの姿をみとめ、頬を緩ませた。  黒猫の〝シンク(Think)〟は、いつもどこかを見つめ、考え込んでいるみたいな様子から付けた名前だ。しかし猫とは往々にして虚空を意味深長に見つめる生き物なのだ――……とは後から知った事実である。  シンクを抱き上げ寝室を出ると、足元で行儀よくしていたゴールデンレトリバーのアールもパッと起き上がり後に続く。アールは実家で飼っていた犬で、両親が隠居する際に学が引き受けた。まだ目も開いていないシンクを拾ったのは二年程前のことで、温厚で品のいい〝アール(伯爵)〟は小さな新入りも快く迎え入れた。  シンクを片手で抱いたまま電気ケトルでお湯を沸かし、目覚めの一杯の準備をする。カタカタ、コポコポとケトルから湯気が出はじめると、音に驚いたシンクは学の腕をすり抜けていってしまった。  2LDKの分譲マンションは生前贈与された住宅取得資金で購入したものだ。学の両親は一人息子のために備えていたようだが(主に、結婚とか結婚とか結婚)息子にさっぱりその気がないと分かると、さっさと「第二の人生だ!」と夫婦揃ってチェンマイに移住してしまった。今はヴィラを経営する友人を手伝いつつ、優雅な余生を楽しんでいる。孫の顔も見せてやれないのは心苦しくはあるものの、こればっかりは仕様がない。
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