Ⅶ ジョハリの窓

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「純也から聞いたっしょ?」 「……な、なにを?」 「2人が同じ高校だって、俺が知ってたこと」 「……うん」  僕がずっと疑問に思っていたことが、ついに解消されそうな予感を帯びていた。知りたかったことではあるかもしれないけれど、まだ心の準備ができていない。というより「知りたい」という気持ちを抱えつつも、心のどこかでは「知らないままでいい」と思っているような気がする。今は積極的に知ろうと思っていないような気がする。  言いたくても言えない……そんな純くんの様子を見て、無理に知ろうとしなくてもいいと思っていた。いずれ知ったほうがいいのかもしれないけれど、今じゃないような気がするし、せめて人伝(ひとづて)ではなく、本人から引き出せるまではもう少し時間をかけたかった。でも、だからと言って「知りたい」という気持ちが失われたわけではないし、興味や関心が薄れたわけでもない。僕の心は「知りたい」と「知りたくない」をあえて共存させているような感じだろうか。  「知らない」状態をキープしつつ、「知りたい」という気持ちを灯し続けること……それによって、追いかけ続けるためのエネルギーを補ったり、完全にシャットアウトせずに色んなことを考えたりできるような気がする。全ての窓を開放せず、未知の窓を残しておいたほうが、心を燃やし続けられる感じ。やがて解放される窓があるかもしれないけれど、それを急ぐのではなく、相反する感情をうまく抱えながら時間をかけていくことも大切だと思う。 (…………いや、違う)  なんて、それっぽい理由を色々と並べてはみたものの、どれも単なる言い訳でしかない。純くんがどうとか、エネルギーがどうとか、未知の窓がどうとか……全て都合のいい解釈であると分かっている。知りたくない理由は、単に「知ること」に対する勇気がないから。何かを知ることによって、何かが動いたり変わったりすることが怖いから。そこから目を背けるために「悩むこと」へ逃げてしまっているだけだった。  多くの人は、悩みは解消したほうがいいと思うに違いない。悩みが絶えず行列を成している僕だって、心のどこかではそう思っているはずだし、悩みが多くて困っているから、一つでも多く解消したいと思っているはずだ。ただ、悩みが皆無になったら、もっと困ってしまうような気がする。うまく説明できないけれど、悩むことを心の拠り所にしている感じ。そこに救いを求めようとしている感じ。悩んでいる自分に安心感さえ覚えているような気がする。常に悩んでいたい僕にとっては、この「中途半端」と言われそうな状態がちょうどいいのかもしれない。 「中学ん時のこと、純也から聞いた?」 「……えっと」 「サッカー部で色々あったって話」 「……うん、ちょっとは」  ただ、悩んでいるだけでは前に進まないと分かっているし、悩むことに居心地のよさを求めたままではいけないと分かっている。だから、知るべき時が“今”やってきたのだと覚悟して、少しずつ前に進めていきたい。琉河の力を借りながら、そして「知りたい」へ傾きかけた心を(たずさ)えながら。
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