珈琲を一杯

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 僕はなんとかポーカーフェイスを保ったが、蒔田は驚いて振り返った。そして毛足の短い、小さな尻尾のようなキーホルダーを見ると、そーっと体と視線を戻し、カウンターの中に立っている僕を説明を求めるような目で見た。  (蒔田……。残念だけど、僕にもわからないよ。)  鹿の毛皮で作った尻尾の形のキーホルダー。なぜ……、杏さんがなぜ、そんなに嬉しそうに話すのか? いや、そもそもなぜ鹿の毛皮でキーホルダーを作ろうと思ったのか? そうだそれよりも、鹿の毛皮をなぜ杏さんは持っているのだろう。  僕にもさっぱりわからない。  「皮専用の糸で縫うんですけど、皮が硬くて」  杏さんは僕のどの質問にも、答えにならないことを瞳さんに話していた。キーホルダーを返してもらうと、杏さんはいそいそと再びリュックに取り付けた。  「杏さん。あのー」  瞳さんはやや宙に、自分の目の方の瞳をさまよわせた。何か感想を言わなければならない、と思っているんだろうな、と僕は同情を感じた。  「えーっと。か、可愛い……ですね。」  瞳さんは世の中でおそらく一番無難な褒め言葉を口にした。確かにキーホルダーは動物の尻尾のキーホルダーのようで可愛い。     
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