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「灯子ちゃん、今日なんか元気ないね。どうしたの?」
午前の授業が終わり、昼休みの時間。いつものように千尋と向かい合わせになって座り、弁当箱を広げる。
「…そんなことないよ」
普段から口数の少ないわたしのちょっとした異変に気付くなんて、千尋は本当にすごい。
「ひょっとして…恋の悩みとか?」
千尋はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。そんなこと、あるわけないのに。学校でまともに話す相手が千尋しかいないわたしにとっては、恋というものから一番遠い生徒と言えるだろう。
まあ、最近知り合ったばかりの男性がいるわけだが、そんなことは今は関係ない。
「そんなの、あるわけないじゃん」
わたしは笑いながら答える。が、今のわたしが少し考え事をしていたのも事実だ。
昨日の佐藤くんとの会話。あの時の会話を思い出しては、わたしは思考の坩堝に嵌ってしまう。
佐藤くんは今まで《協会》から様々な土地へ派遣され、仕事をこなしてきたのだろう。そういった活動の中で、周囲の人に認めてもらう。それが自らの存在理由だと話してくれた。
わたしの存在理由は、お母さんの指示を忠実に実行し、お母さんの期待に応えること。それが全てだと思っていた。
わたしにとっての居場所は、家にしかない。学校にも、その他のところにも、わたしの居場所はない。だからこそ、お母さんには、何としてでも認めてもらいたかったのかもしれない。
佐藤くんは今まで沢山の苦労をしてきたのだろう。佐藤くんもまた、わたしとは違う特殊な身体を持っていると言っていた。
あの寂しそうな笑みを思い出す。わたしには理解できない悩みが、今も佐藤くんを苦しませているのかもしれない。
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