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いつかの月に似ていた。
あのとき、私は月を見上げて泣いていた。最期に見る月みたいだった。
けれど、いつのことかは思い出せない。
時計は新しい日付へと刻々と近付いていた。
我に返りヒールを鳴らしながら、足早に駅へと向かった。
なんとか終電前の電車に滑り込んだ。案の定、車内は満員。
人波に揉まれ座ることも出来ず、疲労困憊の体にトドメを刺すようで、つま先はビリビリと痛かった。
電車を降りて改札へ続く階段を降りていると、足首を捻り階段を踏み外した。
体勢を戻そうとするが、時すでに遅し。
体は大きく傾き、重力とともに落ちていった。
「あっ」
咄嗟にギュッと目を瞑った。
すると、固く冷たいコンクリートではなく、なにかが私を包み込むように受け止めた。
ゆっくりと目を開くと、若い男性の顔が目の前にあった。
透き通った白い肌、長いまつげ、黒い髪。
今までにあったことないくらいの整った顔立ちで、心臓が勢いよく動き出した。
「大丈夫?」
私を覗き込む彼の瞳には、吸い込まれてしまいそうな引力があった。
一瞬で、恋に堕ちた。
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