すばらしき文明

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すばらしき文明

 先生、記憶を消したいのですが。  開業医の私のもとに、そのような『患者』が訪れるようになって、もう数年が経つ。 「はい。いつ頃のですか」 「六年前の、九月九日です。時刻は夜八時十九分七秒です」  私は患者から差し出されたタブレット端末を指で操作し、速やかに目的の呟きを見つける。ちらと日付時刻を確認すると、然るべき手順に則ってその呟きを削除した。 「終わりましたよ」 「本当だ。一瞬前までログが残ってたのに何も思い出せない。噂通りの腕前です」  はっきり言うと、大したことはしていない。そもそもの私は脳神経外科医だ。最初こそこんな依頼に戸惑いもしたが、評判が評判を呼び、今ではこういった依頼の方が多いほどになってしまった。 「デバイスを指で使うなんて、とんだ時代遅れだと思ってましたが……すばらしい」  まだ若い患者には、私のような人間の存在が信じられなかったのだろう。しきりに感服し、また奇異の目を向けてもいる。 「不都合な『記憶』があれば、また来なさい」  礼を言って去っていく若者を見送り、私は複雑な心持ちになっていた。
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