すばらしき文明

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 いわゆるスマートデバイスが世に誕生して、はや数十年。  技術の進歩は凄まじく、指で操作していたものが声での操作に変わり、ついには思考、思念での操作が可能なまでになっていた。頭に小型のチップを埋め込めば、体を一切動かすことなく、ただぼんやり考えるだけでほとんどの家電を動かせてしまう時代。  日常生活はまさに『思いのまま』。労力が必要なものは、お手伝いロボットに命令を送れば掃除、洗濯、食事の準備に至るまで無難にこなしてくれる。  さらには何か記憶しておくにも自分の体――脳を使うより確実で忘れることもないからと、得た情報の保存領域を外部メディアに移す者が一定数いて、極端にものぐさな者になると、投稿の手間を省くために直接SNSとの連携までおこなってしまうのだ。 「呟きの削除なんて、本当は簡単なことなんだが」  説明を読み、その通りに操作すればいいだけのこと。しかし。 「ほんのちょっと難しい語句、見慣れない字になると途端に理解できず、意味が分からなくなってパニックを起こす。こんな結果を誰が想像したろう」  文明がもたらした究極の利便性は、人が自ら知恵を獲得する力を奪ってしまった。  患者が私のもとに駆け込むのは、チップを頭に埋め込んだという印象が強すぎるからだろう。実際にはお門違いだということにも気付かずに。 「私も、すっかり名ばかりの医者になってしまったな」  明日もまた、画面をスワイプしてタップするだけの仕事が待っている。
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