仮面の自分

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仮面の自分

――お前は誰だ? ――俺はお前だ。 ――お前は俺......か? ――――本当にお前は佐藤拓篤(さとうたくま)なのか?  以前朝食をとったのはいつだっただろうか、地下鉄がホームに入ってくる風で我に返る。ドアが開くと吸い込まれるように中へと入っていく、通勤の時間はラッシュでは無い。始業時間の二時間前には会社に着く。それはいつものことだった。  会社へは地下鉄で三十分だ。雑居ビルの二階、主に広告やポスターのデザインから出版までをしている。デザイナーになるのが幼い頃からの夢だった俺は、この会社に入社した事で夢を叶えたと思った。  だがそれは、不幸への第一歩だった――  広告代理店のデザイナーとだけ聞けば華やかな世界だと思われがちだが、中小企業であるこの会社はそんなものとはかけ離れていた。  軽い素材で出来た重たいドアを開ける―― 「お......はよう」  主にパソコンで広告のデザインを作り上げる仕事。次から次へとキャチコピーやデザイン案を提出しては、ボツにされる。数人の人が血走った目でパソコンに向かっていた。全員が殺気立った張り詰めた空気、この会社では「朝からどうの」とかは無い、徹夜で仕事した人もいるだろう。朝も夜も無い、曜日までが分からなくなる。その日のうちに家に帰る事ができればラッキーだった。 「ああ、課長......おはようございます」  入社して十年もいれば課長くらいにはなれるものだ、俺より先に入社した人が次々と辞めていくのだから......  目の下にクマを作った柳本(やなぎもと)が、パソコンの前に突っ伏していた顔を上げて真っ赤な目を見せた。  気がつけば、三十半ばで五十を迎えた部長の次に歳をとっていた。一部の部下からは慕われていたが、最近入社した若い奴達には嫌われているのだろう、挨拶の一つも無かった。  世の中が朝のラッシュでひしめき合う中、俺達はパソコンに向かっている。なぜこんなに仕事をするのだろう、結婚五年目の女房の為? 自分の老後の為? 生活の為? まさに社畜。そんな言葉が俺達には似合っていた。
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