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呼ぶ家風
新幹線で約3時間、在来線で更に2時間。いつもなら駅に迎えが来るのだが今回はそれがなく、続いて1日4本のバスで1時間。そこからタクシーでまた1時間ーー。
まだ日も昇らない早朝にアパートを出て、やっとのことで祖母の声を聞いたのは昼を回ってからだった。
雄大と言う他ない大きな川と真っ白な山々。
さんざん雪を振り撒いた空は肩の荷が下りたようにすっきりとどこまでも青かった。
きちんと雪かきされた古い道は、それでも日陰は凍っている。うねうねと曲がり、上り坂になり、時折個々の家への小路に分かれ、そこからは庭木や芝桜の葉が覗き、石垣に時折犬が前足を掛けていた。
日本も意外と広い。
終着地点は、ちょっとしたコンビニの駐車場なら負かしてしまいそうな庭。そこにタクシーが乗り入れると、大きな日本家屋の玄関先にはもう祖母がいた。背が小さくて、着込んでいるからふくふくと丸くて、短い腕を大きく振っている。
「いっつ!けーーちゃん!こっちよー!こっちです!」
「ぶっは!」
料金を支払いながら逸は噴き出し、敬吾は笑っているが応えようと先に車を降りた。ドライバーは顔なじみであるらしく、にこやかに「なんてゃしづっつぁ嬉しくてだな跳ねでがら。兄ちゃん達も偉ぇごど、いっぺ顔見せでやってけでさ」といったようなことを言った。逸が凡そで返事をしている間、敬吾は祖母ーーシヅの抱擁を受けている。
「やーー久しぶりだごど!まーだ男前になったねぇ」
「あはは。ばあちゃんも元気だねぇ」
「元気よぉ!けーちゃん来るづがらもっと元気よ!」
「ばあちゃん俺は?」
「あら、いっつ」
さっきは叫んで呼んでいたことも忘れ、シヅはつんとした顔を作ってみせた。
「黒ぐなったごど!」
「……ハイ。すんません」
シヅは逸の出張にーーしかもそれが延びたことにーーいたく腹を立てているのだった。
「ほれほれ敬ちゃん中さへれ!しばれんが。さんぶがったべ?ごめんねぇ迎えさ行げねくてよ」
「大丈夫大丈夫」
意外なことにシヅは運転が上手い。免許を取ったのは五十路を越えてからだったと言うが、この雪道を走るに関して親族内で右に出るものはいない。のだが、運悪くフロントガラスに飛び石をもらってしまい、愛車は入院中である。
「別の車で馳せれる気しねくてよ。敬ちゃん乗せででがら事故起ごしてぁバア死にきれねえべしあっはっはっ!」
死にネタは彼女の鉄板だが、いつでも最初に笑うのは自分であった。笑いながら、広い長い廊下をこっちこっちと手招きして茶の間へーーは入らなかった。手招く先は勝手場である。
「こっちゃこ。いいのけっから」
ここからは逸も存在を許されたらしい。揃って広く明るい、古くて綺麗な勝手場に入るとたくさんの良い香りがする。
「ほれ。今さっき炊ぎあがったの。これかせっぺど思ってだの」
「あー!」
大鍋にふたつ匙を差し込んでシヅが掬ったのは、声を揃えた二人が期待したそのもの。炊きたてのあんこだった。
「っあーーーーうっま………」
「やっば……ばあちゃん最高」
「んだべ、んだべ。これかせったくてねぇ。うふふ」
「俺鍋ごといけんなこれ……」
「うん……俺もいけるかもしんない」
「蒸しももうぺんこで上がっからねぇ」
また揃って声を上げ、二人は頭を抱えた。まずい。これは太る。
その胸中は知る由もなくーーいや、その算段なのかーー、シヅはただにこにこと嬉しそうなのだった。
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